hb qp bp study 新年LT&ビアバッシュ2012に参加して発表してきました。
資料はこちら
内容は今年の目標と俺俺waresの紹介です。
ビール飲んでピザ食べて、面白いLT聞けて、みなさん大人でとても良い会でした。
Reverse Proxyの後ろでApplication Serverを動かす際に、REMOTE_HOSTを本当のアクセス元に書き換えてくれる仕組みはいくつかありますが^1、Plackでは壇上氏の Plack::Middleware::ReverseProxy がそれにあたります。
^1 例えば mod_extract_forwarded http://www.openinfo.co.uk/apache/
PM::ReverseProxy のSYNOPSISでもそうなってますが、このような仕組みを使う場合、REMOTE_HOSTを指定するのが安全です。
builder { enable_if { $_[0]->{REMOTE\_ADDR} eq '127.0.0.1' } "Plack::Middleware::ReverseProxy"; $app;};拙作の Plack::Builder::Conditionals を使うと以下のように書けます。
use Plack::Builder;use Plack::Builder::Conditionals;builder { enable match_if addr(['192.168.0.0/24','127.0.0.1']), "Plack::Middleware::ReverseProxy"; $app};このようにREMOTE_HOSTを指定するのは、改ざんされたリクエストを防ぐためです。
PM::ReverseProxyの仕組みは以下の図のようになります。

ブラウザ(IPアドレス:v.x.y.z)からReverse Proxyに対してリクエストを行うと、Reverse Proxyは「X-Forwarded-For」ヘッダにREMOTE_ADDRを追加してApplication Serverにリクエストします。Application Serverでは当然REMOTE_ADDRがReverse Proxyの物(ここではlocalhost)になりますが、PM::ReverseProxyはX-Forwarded-Forをみて、REMOTE_ADDRを上書きします。これにより本来のアクセス元がApplication ServerでもREMOTE_ADDRで取得できます。
ここで、Application Server側でREMOTE_ADDRを確認しないと、以下のような事態がおきます。

X-Forwarded-Forヘッダに任意のIPアドレス(v.x.y.z)を追加し、Application Serverに直接アクセスするとPM::ReverseProxyは同じようにREMOTE_ADDRを設定します。本来REMOTE_ADDRは「192.168.9.41」にも関わらず、「v.x.y.z」と名乗れてしまいます。もし、v.x.y.zからしか閲覧することができないコンテンツがあっても、この方法で見る事ができてしまいます。
use Plack::Builder;use Plack::Builder::Conditionals;builder { enable 'ReverseProxy'; mount '/private' => builder { enable match_if addr('!','v.x.y.z'), sub { sub { [403,['Content-Type'=>'text/plain'],['Forbidden']] } }; $private_app; }; $app};↑こういうの危険。
Application Serverに直接アクセスできないのは普通だと思いますが、なんらかの設定漏れでアクセスができてしまうことも考えられます。念をいれてREMOTE_ADDRをチェックするのをお勧めします。
Plack::Middleware::AccessLog は Apacheライクなログが残せる便利ミドルウェアなんですが使う上で一つ注意点があります。
use Plack::Builder;builder { enable "AccessLog", format => "combined"; sub { die };};これで、500エラーのログが残ることを期待するかもしれませんが、実際は記録されません。
例外がMiddleware層を飛ばしてServerまで伝わる為で、何らかの形で例外を補足してあげる必要があります。
例えば、Plack::Middleware::HTTPExceptions
builder { enable "AccessLog", format => "combined"; enable "HTTPExceptions"; sub { die };};もしくは自前でMiddlewareを書く方法。
use Plack::Builderuse Try::Tinybuilder { enable "AccessLog", format => "combined"; enable_if { ($ENV{PLACK_ENV} || '') ne 'development'} sub { my $app = shift; sub { my $env = shift; try { $app->($env); } catch { $env->{'psgi.errors'}->print($_); [500,['Content-Type'=>'text/plain'],['Internal Server Error']]; } } }; sub { die };};やってることはHTTPExceptionsとほぼ同じです
Middlewareを使う場合は、miyagawaさんのslideにも登場する。この図を思い浮かべるといいと思います。

pylonsのドキュメントから転載です
祝オープンソース化。
STF 分散オブジェクトストレージシステム
http://labs.edge.jp/stf/
ライブドアのサービスで主に画像管理用に使っているSTFがオープンソースで公開されています。
Perl/PSGI、Q4M、MySQL、Apacheという、Webアプリケーションエンジニアにとってとてもなじみやすい構成を取っており、実際運用もしやすくなっています。
ただひとつ気になるのはMySQLのデータのデカさ。3億オブジェクト/10億エンティティを保存した段階でのMySQLのデータサイズは、約220GBにもなります。これを潤沢にメモリを積み、SSDを4本RAID10にしたサーバにて運用しております。
データの取り回しも大変で、データのダンプに数時間、リストアに数十時間、レプリケーションが追いつくのにまた数時間と移設作業を行うのにまるまる一週間かかるような感じです。とってもカジュアルではありませんね。
STFの主なテーブルは以下の4つです。
bucketはオジェクトをまとめる単位。objectは外から見えるファイル、entityはファイルの実体でサーバに分散配置されます。そのサーバについて定義するのがstorageテーブルです。
すべてのスキーマはソースコードの中に含まれるので以下から取得可能です。
https://github.com/stf-storage/stf/blob/master/misc/stf.sql
このテーブルのうち、データサイズが大きくなるのはobjectとentityの2つ。
CREATE TABLE object ( id BIGINT NOT NULL PRIMARY KEY, bucket_id BIGINT NOT NULL, name VARCHAR(255) NOT NULL, internal_name VARCHAR(128) NOT NULL, size INT NOT NULL DEFAULT 0, num_replica INT NOT NULL DEFAULT 1, status TINYINT DEFAULT 1 NOT NULL, created\_at INT NOT NULL, updated\_at TIMESTAMP, UNIQUE KEY(bucket_id, name), UNIQUE KEY(internal_name)) ENGINE=InnoDB;CREATE TABLE entity ( object_id BIGINT NOT NULL, storage_id INT NOT NULL, status TINYINT DEFAULT 1 NOT NULL, created_at INT NOT NULL, updated_at TIMESTAMP, PRIMARY KEY id (object_id, storage_id), KEY(object_id, status), KEY(storage_id), FOREIGN KEY(storage_id) REFERENCES storage(id) ON DELETE RESTRICT) ENGINE=InnoDB;まず object テーブルをみて気になるのが、ユニーク属性を保つインデックスが3つあるということ。
PRIMARY KEYはBIGINTで時間とDispatcherサーバに割り当てられたIDから計算されるユニークな数値です。2つは目システムの外から見えるバケットとファイル名のユニーク制限。そして3つ目がSTF内部でのファイル名です。
nameもinternal_nameもVARCHARとなるので、インデックスのサイズも大きくなりそうです。そこで利用できるのがMurmurHash等を使いより小さいデータにインデックスを張る方法。
データ分散とインデックス最適化のためのハッシュ関数の利用 - Perl Advent Calendar Japan 2011 Hacker Track
http://perl-users.jp/articles/advent-calendar/2011/hacker/11
MurmurHashは32bitの数値となるのでハッシュ値が衝突する可能性が割と高いと思われるので、実際に使う場合はhash値をにユニークインデックスを張らず、通常のインデックスとし、データ追加時にトランザクションを使ってデータが被らないようにする必要があります。
internal_nameについては、本当にこの値が必要かどうか考えることが必要そうです。ここまで既にテーブル上に2つのユニークな値があるので、そっちを活用すればインデックスだけではなくカラム自体の削除もできそうです。例えば、PRIMARY KEYのBIGINTを内部のファイル名にしても良いはずです。
entityテーブルについては、2点ほど気になる点があります。1つはcreated_atとupdated_atのカラム、もう一つがKEY(object_id, status)のインデックスです。
MySQLのドキュメントに各データタイプにおける必要保存領域が書かれています。
10.5. データタイプが必要とする記憶容量
http://dev.mysql.com/doc/refman/5.1/ja/storage-requirements.html
created_atとupdated_atはそれぞれINTとTIMESTAMPなので、4byte+4byte=8byte必要となります。10億レコードあれば8GB分のデータにもなります。消すと若干節約できますね。
KEY(object_id, status)のインデックスも基本必要ないはずです。object_idを指定した段階で結果はオブジェクトの複製数(せいぜい3から5)にしぼらるので、statusをインデックスに含めなくても高速に検索可能です。PRIMARY KEYが(object_id, storage_id)なのでこちらで十分に事足ります。
ここまでぐだぐだと書いた内容を入れ込むとスキーマはこんな感じかな
CREATE TABLE object ( id BIGINT NOT NULL PRIMARY KEY, bucket_id BIGINT NOT NULL, name VARCHAR(255) NOT NULL, name_hash INT UNSIGNED NOT NULL, size INT NOT NULL DEFAULT 0, num_replica INT NOT NULL DEFAULT 1, status TINYINT DEFAULT 1 NOT NULL, created_at INT NOT NULL, updated_at TIMESTAMP, KEY(bucket_id, name_hash)) ENGINE=InnoDB;CREATE TABLE entity ( object_id BIGINT NOT NULL, storage_id INT NOT NULL, status TINYINT DEFAULT 1 NOT NULL, PRIMARY KEY id (object_id, storage_id), KEY(storage_id), FOREIGN KEY(storage_id) REFERENCES storage(id) ON DELETE RESTRICT) ENGINE=InnoDB;データサイズがどれくらいになるかはやってみないとわからないけど、確実に小さくはなって、データのハンドリングが楽になると思うので、仕事が始まったらできるところからやってみたいです > 誰か
去年に引き続き、今年も書いてみる。
今年を振り返って公私共に影響が大きかったのは、やはり3/11の東北関東大震災。幸い家族には影響なく過ごしていますが、まだまだ被災された方は大変な思いをされていると思います。今自分ができることを少しだけでもつづけて行きたいと思います
当日は交通手段がすべてストップしてしまったので、新宿から横浜まで歩いて帰ってきました。
このあと自宅作業期間や、ノーエンジニアデーがあり、リモートで仕事できる環境が整いました。最近は朝はカフェで仕事しています。
今年のブログ記事を振り返って行くと、9月だけまったく記事がない。9月に何をやっていたかというと、一つは沖縄へ旅行行ってたことと、もう一つは大規模メンテナンス。
この裏側では記事のデータベースを一気に移動する作業を行っていました。この作業とその後の対応で生まれたのがmysql40dump。Kansai.pmでも少し紹介しましたが、12月に公開版を用意し記事として書きました。
レプリケーション作成を簡単にする mysql40dump という mysqldump の wrapper を作った話
この9月の前の8月もわりとイベントが多い月でした。8/27 に開催したISUCONはその一つ。かなりもりあがりました
チート対策とhttp_loadに仕掛けた罠の話 #isucon
後日こんなGoogleでサジェストがされたようです。

ひどい><
8月までは自分の考えを記事としてまとめてみた系が多い。ブックマース数もそれなり伸びた。
PSGIアプリケーションをリバースプロキシ下で使う際の静的コンテンツの配信方法について
Webアプリケーションエンジニアに知っていて欲しいインフラの知識
Webアプリケーションエンジニアはノマドであれ(特定のサーバに依存しない方法)
Webアプリケーションにおける Job Queue システムの構成例と Worker を作る際に気をつけること
私家版省サーバ運用2011またはWebシステムのコンポーネントの配置について
ディレクターやエンジニアが運用エンジニアにインフラの相談をする際に持って来て欲しい5つのこと
新規サービスだったり、既存サービスの設計・サーバ設定をする際に、こんなところに気をつけて欲しいなというのを書き出していったってのが実際のところです。記事を書くだけはなく、仕事ではエンジニアがサーバの設定を迷わずにできるツールを用意して、使ってもらったりしています。
新しく作ったモジュール・システムもいくつかあります。
SQLを書くプロジェクトのためのDBIx::Sunnyってのを書いている
DBIx::Sunnyはこのあと若干の方針転換があり、Sunny.pmとSchema.pmに分かれました。俺俺的に便利でこの後に書いたプロジェクトではほぼ必ず採用しています。
キャッシュシステムの Thundering Herd 問題対策モジュール Cache::Isolatorというのを書いた
CPANにもリリース済み。某Blogサービスでもこのモジュールではないけど同じ仕組みを導入して重い処理を捌いている。
OrePANとcpanmでCPANの部分ミラーを作ってCPANモジュールを管理する
新規サーバ用にperlbrewで新しめのperlとよく使うperlモジュールを最初から入れるという仕事があり、その結果として生まれたのがOrePAN(へのpatch)。最近では他の会社さんでも使っているそうな
Plack版 mod_deflate の Plack::Middleware::Deflater がバージョンアップしました
miyagawaさんのモジュールですが、Co-Maintainerにして頂いたので機能追加してアップデートしました。HTTP圧縮周りのバッドノウハウにも対応できます
GreenBuckets という Object Storage を作りました
いわゆる「僕の考える最強の分散オブジェクトストレージ」。実際は最強を目指しているわけではなくシンプルに使えるものを目指しました。作った当初はなんの予定もありませんでしたが、なんと11月にサービスで使われ始めました。
Kossy と DBIx::Sunny で作る nopaste
ISUCONの際に用意したWeb Application FrameworkをCPANにあげました。GrowthForecastを始め、いくつかのツールで使っています。
Yappoさんのlivedoorへの参加は個人的にすごく影響のあったことの一つ。Yappo氏の形にしていく力はいつも勉強になる。GrowthForecastもYappo氏のアイディアとプロトタイプが元になってます。
簡単にグラフにして見える化できるのでGrowthForecastはほんと便利です。
Software Design 2011年9月号に運用エンジニアに関する記事を寄稿しました
MySQL 4.0 Casual Talks Vol.2 で LT してきました
YAPC::Asia Tokyo 2011 で発表してきました。
WEB+DB PRESS Vol.65 Perl Hackers Hubに寄稿しました
いろんな方にお世話になりました。
来年1/1にライブドアはNHN Japanに会社統合され、株式会社ライブドアという名称はなくなります。なじみのある(そして昔からのあこがれであった)会社名がなくなる若干の寂しさはありますが、引き続きBlogをはじめとするlivedoorブランドのメディア、サービスを運用やスケーラビリティといった立場から支えて行く事になるとおもうので、これからもよろしくお願いします。

最終日の帰り際に入り口を見に行ったらもうロゴが外されていた。。

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ハズブロの新 Lazer Tag は iPhone 対応、24人までのチーム戦が可能 originally appeared on Engadget Japanese on Wed, 08 Feb 2012 00:15:00 EDT. Please see our terms for use of feeds.
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R2-D2 風 Xbox 360 が国内でも発売、Kinect スター・ウォーズ同梱 originally appeared on Engadget Japanese on Wed, 08 Feb 2012 00:00:00 EDT. Please see our terms for use of feeds.
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オリンパス OM-D E-M5 正式発表、3月下旬発売(動画) originally appeared on Engadget Japanese on Tue, 07 Feb 2012 22:00:00 EDT. Please see our terms for use of feeds.
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PENTAX K-01 国内発表、パンケーキレンズキットは8万円 originally appeared on Engadget Japanese on Tue, 07 Feb 2012 20:00:00 EDT. Please see our terms for use of feeds.
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うーむ。
GmailのContactsの話の続き。いまはGmailの表示言語を英語にして使っているんだけれど、nameの設定項目は"Last"や"First"であって"Family"や"Given"じゃないんだよね。となると、 Ho Chi Minh(胡志明)さんについては"First"のところに名字の"Ho"を書けば問題ないでしょ、ちゃんとHo Chi Minhという語順になるでしょ、ということなのだろうか。WikipediaのFamily nameの項目でもA family name (in Western contexts often referred to as a last name)
となっているから、逆に、Westernじゃない、名字が最初に来る文化ならそれがFirst nameに該当する(明示的にFirst nameとは呼ばないにしても)、ということになるんだろうか。
でもだとすると、GmailのLast nameでの並び替えって、なんの意味があるんだろう・・・意味は特にないけれど、便利だと思う人もいるだろうから機能として存在する、ぐらいか。
で、ためしに日本語を表示言語にしたら、設定項目が"姓"と"名"になった。うーむ・・・
Gmailのデザインがちょっと変わった。Mail, Contacts, Tasksが上に来た。一斉に変わるのではなく、ユーザー(=サーバー?)ごと順々に変えているらしい。
変わったのはいいんだけれど、なんかデザインが洗練されてないなー、と思っていた。そうしたら、ここ数日さらに細かくデザインが変わり続けている。個人ブログみたいな微修正を繰り返しているようだ。
実際には、デザインの修正は些細なことで、大きく変わったのはContactsの仕様だという。Last Nameでソートできたり便利そうなのだが、いまいち融通が利かないところもある。それは、名前の順序だ。たとえば、ベトナム人のHo Chi Minh(胡志明)さんは"Ho"が名字なのだが、Contactsで"Ho"が名字、"Chi"がミドルネーム、"Minh"が名前、と一度設定してしまうと、メールを出す際の名前が"Minh Chi Ho"さんになってしまう。けっこう気持ち悪い。
やあやあまたまた久しぶり。
本業の話。こないだ、某大臣会合に某分野の専門家として出てきた。「へぇ、大臣会合って、大臣だけが出るわけじゃないんだ」という素人的感想を持つぐらい、そういうのには慣れていないんだけれど、だんだんそうも言ってられなくなってきた。
今までやって来ていることはADP: 一人の力で出来ること(2006年11月)で書いたことの延長である。他の人より少しだけ長期的な視点を持ち、他の人より少しだけ細かいことに通じることで、世の中に貢献する、というADPでやってきたことの社会実験版が、少し進展したと言ってもいいだろう。
残念ながら、本業でやろうとしていることは(とかく密室で行われる)意思決定プロセスにどう関与できるかが重要なので、ウェブで意見を表明することはあまり役に立たないと思っている。少し進展と言ってもまだまだこれからだ。暗躍するよ。
龍馬伝、前回も今回もおもしろい。
最近、日本がどんよりしてきていると感じている人がますます増えてきたから、こういう大きなビジョンと行動力を持つ人の話が受け入れられるんだと思う。素直にあこがれる。実はもはやあこがれるなんて言える年齢でもないけれど、近頃よくつるんでいるまわりのかっこいいおっさん達も、強い信念を言動に変えてめまぐるしく活動しているので、彼らを見ていると、世界のどこかを蹴って動きを変えてやろう、という野心を焚き付けられるのだ。
あけおめ久しぶり。
バンコクに来て約半年が過ぎた。ある程度予想した通り、こないだの某仕分けでバッサリやられてしまい、バンコクの事務所の存続があやしくなってきているのが現状だ。とはいえ、自分のプロジェクトはフラッグシップのひとつなので、たとえ事務所が吹き飛んで3月末で日本に帰ることになってもプロジェクトは続くことになる、はず。
こっちに来てある程度ドロドロを見て実感できるようになったのは、日本の官僚ってやっぱすごいなあ、ということ。頭の回転は速いし、細かいことをよく知っているし、根回しも実に周到だ。彼らをうまく使いこなせないかぎり、少なくとも日本の停滞は払拭できないんじゃないかな、と感じている。
批判するのは簡単なんだけれど、じゃあ、自分は何ができるのさ?、といえば、1) ビジョンを持つ、かつ見せる、2) 地に足のついた情報を集める、3) 前進の道を探るべくとにかく粘る、の3点を基本路線にして、たくさんの人に会っている段階。なかなかしんどい。が、まだまだ頑張るよ。
というわけで、本年もよろしくお願い申し上げます。
あけましておめでとうございます。すっかり放置で申し訳ありませんでしたが、相変わらず気の向くままに記事は書くつもりですので、2007年もよろしくお願いいたします。というわけで、ありがちですが2006年リリース限定という条件で、2006年のベストアルバムを振り返ってみましょう。その時の気分で聴きたいジャンルが激変するので、順位はありません。自分的に残って聴きつづけるだろうな、と思われるアルバム・・・
「子どもたちと大きなおともだちに夢を与える存在のプリキュアが、クスリを一発キメるとは言語同断」として厳しく余罪を追及している。
「羊のぬいぐるみがしゃべる」などと意味不明の釈明を繰り返したため逮捕された。
「本のあるところなら自由にワープできる」
「バンゲリング帝国が復活したらどうすればいいのか」と警戒を強めている。沿岸諸国では国民に緊急避難命令を発令するところも出始めているという。
「ハドソーン」と呼びかけると彼らがどこからともなく飛来。見たこともないみごとな16連射で敵を蹴散らしてくれたというのだ。
「レイプル」と呼び応援しようという機運が、東京都を中心として高まりを見せつつある。都では「少子化対策にもなる」と大きな期待を寄せている。
「レイプする性欲に満ちあふれた男性」を意味する造語。ネガティブでモテないイメージの強い童貞ではなく、攻めの姿勢に転じることで強い男性を印象づけるねらいが込められている。都内男性の軟弱化を憂う石原慎太郎都知事が立ち上げた都庁の特命プロジェクトが発案した。
「西洋のドラゴンやへびと間違えられがちな自分と違い、絵柄が簡単だから年賀状に描いてもらいやすい卯さんがねたましく、ついカッとなった」などと話している。
「派遣社員の給料が安く、何も食べられないので腹が減っていた」
「元日の0時はもちろん、2時以降も控えてほしい」との声明を発表した。
「パートナーのいない童貞など社会的弱者がやるせない気持ちになる」と指摘する。
スワロフスキーを埋め込んだ、ディオール携帯。$26,000

Samsung のアルマーニ携帯サイト。

シャネル携帯はまだコンセプト段階だけど、可愛い。


リーバイス携帯携帯サイト。

海外のプラダ携帯
ゴシック様式の大聖堂は、「ノートル・ダム」(Notre-Dame)という呼称と密接に結びついている──つまり聖母マリアの民間信仰と、である。イギリスにおいてもゴシック大聖堂には「レディー・チャペル」という名の聖母礼拝堂が付られている。
酒井氏は、聖母信仰とゴシック大聖堂との結びつきを、都市化現象という視点から読み解いていく。
農村には、地縁、血縁両方の厚い人間関係があった。同じ土地を共同で耕すという大地に根差した共生感、同じ血で結ばれているという肉体からの一体感──そうした「親密な」人間関係のつながりが農村にはあった。しかし都市にはそれがない。まわりは他人ばかりである。
勃興期の都市の住民は、農村から出て来て、それまで体験したことのない異邦人同士の世界に、互いに疎遠は他者たちの群れのなかに身を投じた。郷土を離れ根無し草の境遇になって見知らぬ者たちの間で暮らす彼らの不安は、これほどの都市化現象が西ヨーロパ史上初の出来事であったわけだから、19-20世紀の都市民の不安とは比べものにはならない深さを持っていただろう。彼らはこの深い不安を消してくれる新たな共生の原理を切に求めていた。
酒井健『ゴシックとは何か 大聖堂の精神史』(講談社現代新書) p.31
都市には職種に応じてギルド(同業組合)があり、さらに各ギルドを横断するコミュースという制度があった。しかしギルドにしてもコミュースにしても親方─職人─徒弟という厳しい上下関係の支配する場、無味乾燥な法的制度であったにすぎない。しかも農村から都市にやってきた者すべてがギルドに加入できたわけではないのだ──ギルドにしてもコミュースにしても、それらの埒外に置かれた人たちが多数、存在していたのだ。
「誰もが救われる普遍的な宗教原理」──そのような都市の民衆の〈欲求〉が聖母マリア信仰を呼び起こし、一挙に、広まっていった。
その火付け役となったのは、当方起源の信仰で、ギリシア帰りの修道士によってイギリスに持ち込まれたノルマンディー地方、リヨン、そしてパリに伝播していった「聖アンナによる聖母マリアの無原罪懐妊」の信仰(マリアの母アンナが接吻だけで身ごもったという信仰)である。この信仰がフランスで祝日(12月8日)として祝われるようになったのは1130年、ちょうどノートル・ダムなる言葉が使われだした頃だ。パリでは1166年のこの祝日に民間主導(ノルマンディー地方出身の学生が中心)で大規模な祭典が催されたという。
『ゴシックとは何か』 p.32-33
もちろんこのような「母なるものへの信仰」自体は、キリスト教下の12世紀に始まったものではない。異教信仰として、それぞれの土地に根ざした、それぞれの地母神崇拝というかたちで、古くからヨーロッパに存在していた。小アジアのフリギアの地母神キュベレ、古代エジプトのイシス、古代ギリシアのデルメル、ゲルマン神話のペルヒタやホレ、ケルト信仰におけるアナ……。
酒井によれば、西ヨーロッパ内陸の地母神信仰は、各地域、各部族、各農村ごとに独自の展開を見せており、農村から北フランスの諸都市に流れ込んだ者たちも、それぞれの出身の農村で固有の地母神を崇拝していたという。
しかし、だ。都市に出てきた以上は出自の固有性を捨てねばならない。なぜなら、根無し草たちが「各自の根」を強調しだすと、ますます断絶が深まって、相互の不安は増す。「特殊な根」を止揚し、普遍的なレヴェルで地母神崇拝を実現する必要があったのだ。
聖母マリアはその普遍性をそなえていた。
ただし新約聖書正典の中の聖母マリアではいけなかった。なぜならば、正典のマリアは〈神の母〉(=イエスの母)ではあっても、天上の父なる神への信仰より下位に置かれていたからだ。天上の父なる神は自然界を超えて存する。地母神は母なる大地の神、自然神である。
少しでも母性を強く肯定しそのことで自然との結びつきを保持しようとするならば、正典の外へ、つまり教会側によって正統性を認められていない外典、偽典の方へ出てゆかなければならなかった。
『ゴシックとは何か』 p.34
「聖アンナによる聖母マリアの無原罪懐妊」も外典に出自している。酒井氏は述べる「ゴシックの時代の都市民は、多種多様のローカルな地母神崇拝を普遍的な次元へ高める必要に迫られていた。キリスト教の聖母マリアはこの要請に応えるものだった。ただし、母性をより強く打ち出し自然性を救ってゆくためには、父権的・超自然的信仰の支配する聖書正典の外の伝承に依拠せねばならなかった。」
さらに教会は巧妙な手段に打って出る。新約聖書外典「ヤコブ原福音書」に由来する「聖母マリアの死・被昇天・戴冠」──天上のイエスを思慕しつつ死の床についたマリアが、天使たちによってまずその魂を、次に肉体を天上に引き上げられて復活を果たし、イエスの祝福を受けながら戴冠される。このテーマは、この受難と再生のテーマのキリスト教のオリジナルではない。キリスト教以前の自然神のための秘教や神話にすでにあり、キリスト教の「復活」こそがその影響を受けていたのだ。
再生復活は、母なる大地の相貌である。夏と冬。生と死。したがって、日照時間が最短の底を打って逆転しだす冬至の日(当時の暦では12月25日)は、自然界が死から再生する日としてゲルマンやその他の異教信仰で大切に祝われてきた。ケルトの信仰では11月1日が新年の再生の日として最重要視され、5月1日も再生のはっきりと現れる節目として重視されてきた。
ローマ教会は、こういった異教の重要な日に狙いをつけた。「聖アンナによる聖母マリアの無原罪懐胎」を5月2日に、そして5月自体を聖母マリアの月として公認──地母神信仰とそれにつながる外典信仰をすっぱりとキリスト教内に包摂してしまう。
問題なのはこの教会側のやり方だ。すでに古代ローマの時代に冬至の日は太陽神ミトラの誕生日として人気を得ていたが、ローマ教会は381年にキリスト教化、異教撲滅のためにこの日をイエスの誕生日つまりクリスマスの日に決定したのだった(イエスの正確な誕生日は分っておらず、それまでは旧約聖書の人類創造の日程に合わせて1月6日に設定されていた)。またケルト信仰で大切な11月1日は835年、殉教者を祭る万聖節に変えられた。
教会側は、キリスト教化を進めるとき、いつもこの手をとる。異教の上にぴったりとキリスト教信仰を重ね合わせ、異教の信仰形態を見えなくするのだ(逆に、異教とキリスト教を併存させてしまうと、キリスト教の一神教の体制はくずれてしまう)。パリの大聖堂も、シャルトルの大聖堂も、その地所の真下を掘ってゆくと、ケルト信仰の聖所に行きあたる。
『ゴシックとは何か』p.36-37
ヨハン・セバスティアン・バッハのカンタータ《汝まことの神にしてダビデの子よ Du wahrer Gott und Davids Sohn》BWV23 を聴いた。演奏は、カール・リヒター指揮、ミュンヘン・バッハ管弦楽団&合唱団、エディット・マティス(ソプラノ)、アンナ・レイノルズ(アルト)、ペーター・シュライアー(テノール)。
ブリリアント・レーベルの「バッハ大全集」を買って以来、だいたい毎週一曲のペースでカンタータを聴くようにして全曲制覇を目指しているのだが、これまで聴いた中でとくに強く印象に残って、何度も聴いたり、他の音楽家の演奏でも聴きたくなる作品がある。このBWV23 も、その一つである。
音楽は、オーボエの悲しげなメロディーに導かれ、重い足取りのリズムに則りながら、ソプラノとアルトの二重奏(デュエット)で始まる──その音楽がもつあまりの美しさ、そしてその音楽のもつドラマ性に、瞬時に、心奪われる。Bach-Cantata.com によれば、このカンタータが演奏される礼拝では、新訳聖書の『ルカによる福音書』より以下の部分が読まれる。
イエスがエリコに近づかれたとき、ある盲人が道端に座って物乞いをしていた。群衆が通って行くのを耳にして、「これは、いったい何事ですか」と尋ねた。「ナザレのイエスのお通りだ」と知らせると、彼は、「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」と叫んだ。先に行く人々が叱りつけて黙らせようとしたが、ますます、「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と叫び続けた。
イエスは立ち止まって、盲人をそばに連れて来るように命じられた。彼が近づくと、イエスはお尋ねになった。「何をしてほしいのか。」盲人は、「主よ、目が見えるようになりたいのです」と言った。そこでイエスは言われた。「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った。」盲人はたちまち見えるようになり、神をほめたたえながら、イエスに従った。これを見た群衆は、こぞって神を賛美した。
ルカによる福音書 18.35-42 (新共同訳『聖書』)
BWV 23 Aria: Du wahrer Gott und Davi
大村恵美子はその著書『バッハの音楽的宇宙』の中で、このカンタータについて、次のように述べる。聖書の奇跡では、死人が生き返り、病人が癒され、障碍者が健常者になることがイエスの愛のわざとして語られるが、しかし一度回復したそれらの人々も、またいずれは再び肉体の死の掟に服すことになる──だから、イエスの癒しも象徴的な意味を告げるものであって、それだけで決定的な救いそのものではない、と。聖書の中の盲人の言葉「主よ、私の目を見えるようにしてください」という願いは、われら人間のすべての願望を象徴する。私たちがどこから生まれ、どこに行こうとしているのか、そのようなことに関しては、何も見えていないのである。
それゆえ、光を受けてそれを認めることの出来る心の目を、私たちは神に祈る。「啓蒙主義」とは、まさに闇をひらいて明らかにする運動だったが、その結果光をあてられた人間社会の真実は、あまりにも局部的で、しかも毒を含んだものでしかなかった。
大村恵美子『バッハの音楽的宇宙』(丸善ライブラリー) p.93 *1
そして礼拝ではもう一節、聖書が朗読される──『コリントの信徒への手紙』13.1-13 である。
愛は決して滅びない。預言は廃れ、異言はやみ、知識は廃れよう、わたしたちの知識は一部分、預言も一部分だから。完全なものが来たときには、部分的なものは廃れよう。幼子だったとき、わたしは幼子のように話し、幼子のように思い、幼子のように考えていた。成人した今、幼子のことを棄てた。
わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせてみることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。
コリントの信徒への手紙 13.8-13
[関連エントリー]
*1:
西谷修の『戦争論』の中で「唯物論者」としてのフロイトについての記述に興味を惹いた。メモしておきたい。
〈善〉が〈悪〉を生む。あるいは、〈善〉であるはずのものが避けがたく〈悪〉に転化してしまう。例えば、戦争という人間の企てに対して、その人間はどのように語ることができるのか。戦争に対して、人間はどのような評価を下し、いかなる価値を指し示すことができるのか。戦争の原因をどのように説明し、その責をどのように負うのか──そこで〈善〉〈悪〉をいったいどのような基準に則って名指しすることができるのか。そもそも〈人間〉とは自分自身に立てられる積極的な価値ではないか──人間が生存を意欲し、自己の存在を肯定しようとするかぎり、人間は〈善〉でしかありえない。
だから、善悪の超越的な基準があって、それによって人間の振舞いが判断されるのではなく、人間が存在する、そして存在するという事実そのものの肯定にまず〈善〉の基盤がある。そしてその基軸に照らして、人間の存続を脅かすもの、阻害するものが、人間にとっての〈悪〉ということになる。
そのように、人間の存在が〈善〉でしかありえないとすれば、それが実は〈悪〉だったのだと言ったところで、結果の規定を原因に遡及させるだけで、何も説明したことにならない。それに人間は、自分の存在を頭から否定するのでないかぎり、自分をア・プリオリに〈悪〉として立てることはできないのだ。
西谷修『戦争論』(講談社学術文庫) p.68
したがって著者である西谷氏は、人間の内に〈悪〉の起源を見出して、人間と戦争との見かけの不等号の下に隠された等号を見つけ出すことではなく、問題は、〈善〉であるはずのものが避けがたく〈悪〉に転化してしまう、その「捻じれた事実」そのものの構造を解明することだと述べる。
しかしそういった観点は決して戦争を対象とした反省の中から生まれたのではない。直接的には戦争と「関係のない他の領域」の研究から見出された。フロイトの、とりわけ「メタサイコロジー」と呼んだ一連の考察の中からである。
フロイトの「無意識の発見」が意味するのは、人間には無意識という属性があるということではなく、人間は自分でそうだと思っているものではないということ、ひとことで言えば人間的主体の非自同性(離心性)、非完結性である。いいかえれば人間は〈外部〉を内に抱えていることだ。それは〈外部〉が同化されて取り込まれているということではない。〈外部〉とは、同化しえない、コントロールの及ばない領域のことだ。そういう〈外部〉を内に抱え、自分でそうだと意識しているものではない、というかたちで人間は存在している。
だから人間の行為の意味は錯綜し、たとえば自己保存といった基本的には〈善〉であるはずの作用が「破壊衝動」に転じ、外界ばかりか自己自身の破壊を引き起こしたりすることになる。
『戦争論』 p.69
人間の抱える〈外部〉の作用は、人間の行為を通して働く。それは人間にとってネガティブで不吉なものとして現れる。しかし、その〈外部〉なしに生命活動も、社会的な組織活動もなかった──生命活動が積極的に自己を維持し展開するものだとすれば、それは基本的に「攻撃的」であらざるをえず、自己保存を追及するということは、すでにそれ自体何かに対して「攻撃的」なことなのだ。単に自分の生存を脅かすものを破壊するというだけではなく、ときに自分の生存を確保しその生存世界を構築し拡張しようとする運動が、行き過ぎの一歩によって避けがたくその世界そのものをも突き崩してしまう。
〈善〉として追及されることが〈悪〉として発現してくるのは、そのときである。
それはあたかも、もともと〈外部〉に誘発され、それを抱え込んで襞のように成立した生命体が、自己の内にあって自己でない「運命」とか「本能」とか呼ばれるその力に突き動かされて、自己の可能性を徐々に拡大しながら同時に〈外部〉をも伸張させ、ついにはそれによって突き破られ〈外部〉そのものを露出してしまうプロセスであるかのようだ。
p.70
ジョセフ・ヴィラ(Joseph Villa、1948 - 1995)というアメリカのピアニストについて偶然知った。これまで彼の演奏を聴いたことがなかった、ディスクも持っていなかった、それどころかその名前も知らなかった。
これまで、僕にとって、ジョセフ・ヴィラというピアニストは、知らない人だったのだ。
そんな見知らぬピアニスト、ジョセフ・ヴィラについての記事──アレクサンドル・スクリャービンを録音しのディスクの再発売に付随していた略歴に目が止まった。1995年に死去──46歳の若さだった。そして死因がHIV/エイズだったことに。
Joseph Villa, Pianist, 46 [New York Times]
Joseph Villa, a pianist who specialized in the Romantic repertory and who was regularly heard in chamber music and as a recital accompanist, died on Thursday at St. Vincent's Hospital in Manhattan. He was 46 and lived in Manhattan.
The cause was AIDS, said Steven Gray, his companion.
Mr. Villa was born in Garfield, N.J., on Aug. 9, 1948, and studied at the Juilliard School with Sascha Gorodnitzki. He later studied privately with Claudio Arrau and Olga Barabini, and he made his debut in a recital at Alice Tully Hall in 1972.
さらにゲイであることをオープンにしているイギリスのピアニスト、スティーヴン・ハフ──彼はローマ・カトリック教徒でもある*1──が、やはりゲイであったジョセフ・ヴィラについてその著書で言及していることを、知った。
As a writer, Hough frequently contributes articles on various topics to the British Roman Catholic journal The Tablet. He tirelessly advocates changes in Roman Catholic attitudes in favor of acceptance of same-sex love, arguing that God does not intend for human beings to be alone. He forcefully challenges the Chuch's anti-gay interpretations as ahistorical and uncharitable.
In an article included in the gay anthology The Way We Are Now, edited by Ben Summerskill, in 2006, Hough writes of the difficulties he experienced growing up as a Christian in an environment traditionally hostile to homosexuality. He also postulates a mysterious link between his musical talent and his sexual identity.
Hough's other writings include articles about piano interpretation, pianists (among them two gay pianists: Shura Cherkassky and Joseph Villa), travel journals, and several very well written texts for CD booklets.
この二つの──あるいはそれ以上の事実を知ったとき、僕は自問した。なぜ僕は、このジョセフ・ヴィラというピアニストについて知らなかったのか、と。
だから…(これから)知るべきである、(もっと)多く知るべきである。これまで知っていたかのように振る舞い、そして、これから、もっと、確実にこのゲイでありエイズで46歳で亡くなったピアニスト、ジョセフ・ヴィラについて知らなければならない。
わたくしは自分のみじめさを十分に知っておりますから、おそらく少しばかり不運な巡り合わせがあれば、わたくしの魂は苦しみにみちて、長い間お話しましたような考えをいれる余地がなくなることと想像されます。けれども、そのことさえもあまり大事なことではありません。この考えの確実さは心の状態によるものではありません。この確実さはいつも完全に安定しています。
ただ一つの場合にだけ、わたくしはこの確実さがわからなくなります。それは他人の不幸に触れる場合です。関係のない人たちや知らない人たちの不幸でもそうです。おそらくその方がなおさらそうで、そこには大昔の人たちも含まれています。
他人の不幸に触れると恐ろしい苦痛を感じますので、わたくしの魂がばらばらに引き裂かれ、しばらくのあいだ神を愛することがほとんど不可能になります。もう少しで不可能になるのです。そこでわたくしは不安になります。キリストがエルサレムの荒廃の恐ろしさを予見してお泣きになったこと(マタイ福音書23.37-37)を思い出しますと、少し安心したします。キリストは同情ということを許してくださるものと存じますから。
シモーヌ・ヴェイユ『神を待ちのぞむ』(渡辺秀 訳、春秋社)p.72 *2
そして、だから、以前ユーリ・エゴロフについて知らなかったことを知ったときの〈感情〉が再び甦ってきた。その事実に、その事実を知らなかったことにショックを受けた。その知らない人たちの「不幸」(his life was tragically cut short as a victim of AIDS)を知ってしまったという事実に。
なぜ自分は、これほどまでに素晴らしい表現力を有しているピアニストについて知らなかったのだろう。
……それはユーリ・エゴロフはすでに亡くなっていたからだ。1954年に生まれた彼は、1988年に33歳の若さで死亡している。エイズによる合併症によって。彼はゲイであることをカミングアウトしていた。
そのことを知ったのはつい最近のことだった。『YOURI EGOROV LEGACY』というディスクを偶然にも見つけたからであった──なぜ「レガシー」なんだろうとそのとき思った。
ショックであった。そしてエゴロフの死を知ってから再び聴いた《クライスレリアーナ》は強烈であった。心を揺さぶられた。打ちのめされた。音楽は「音楽そのもの」だけを聴いているのでは決してない。そのことを改めて理解した。切実なまでに。
そして──だから、怒りが込み上げてきた。ユーリ・エゴロフのような人に対して「バイキン」と罵った──平然と蔑称を使用し、差別語を弄し、子供向けのマンガにヘイトスピーチを書き放った──川原泉に対してだ。なぜだ? 何が狙いなんだ? その目的はいったい何だ? 後で書く。絶対に。書かざるを得ない。絶対に。絶対に赦せない。絶対に赦さない。
ユーリ・エゴロフ/ジョセフ・ヴィラは死んだ。それなのに、なぜ、「子供向きのマンガ」に平然と差別を書く人物はいまだ生きているのだ? なぜだ? なぜなんだ?
ベートーヴェンのピアノソナタ第14番嬰ハ短調《月光》/Joseph Villa plays Beethoven Sonata in C sharp minor Op. 27 No. 2 "Moonlight"
川原泉は、多くの人々がバタバタと斃れ、死んでいく状況を前にして、どうして「バイキン」なんていう<言葉>を吐けるんだ? なぜ「病気以外の苦痛」をも人(患者)に負わせるんだ? それが「当時の流行」だったからなのか? どういう「思い」でそんな<言葉>を書けるんだ? どうして「子供が見る」本に書き込めるんだ? どんな「意図」が、そこにはあるんだ?
こんな最悪の「ヘイトスピーチ」を、20年間もそのままにして「繰り返し」、同性愛者の人権を奪い、そして尊厳を──20年間も──蔑ろにしてきた……今後も続けるつもりなんだろう? いったい、いつまで?
お前のことは、絶対に許せない。
スクリャービンのピアノソナタ第7番《白ミサ》/Scriabin Sonata No.7 performed by Joseph Villa
なぜ、川原は他人の家族を攻撃するんだ?
なぜ、平気でヘイトスピーチを垂れ流すのだ?
なにが目的なのだ?
なぜ、自分たちの家族を攻撃しないのだ?
なぜ、他人の家族なのだ? なぜ、ゲイの子供がいる家族なのだ?
おまえは、いったい、何者なのだ?
おまえには、良心というものが、ないのか?
ロベルト・シューマンの《交響的練習曲》1/Joseph Villa plays Schumann Etudes Symphoniques Op. 13 (1/2)
ある母子家庭の子供が「バイキン」ならば、その母親は「バイキンの母親」なのか。
母親は、自分の子供が「バイキン」と呼ばれることに、悲しみを感ぜずにいられるだろうか。
その母親の悲しみを、子供もまた感じ取り──感じ取ってしまい、そしてそれによって、また、悲しみが生まれないだろうか。そのような「家族」はどれほど多くいるのだろうか。
いったいどれほど多くの人々に苦しみを与えているのだろうか──なぜ、人々に苦しみを与えるのだ?
ロベルト・シューマンの《交響的練習曲》2/Joseph Villa plays Schumann Etudes Symphoniques Op. 13 (2/2)
川原泉のお母さん、教えてください。ゲイの子供を持った母親は、バイキンの母親なのですか?
その存在は、恩恵なのですか? それとも不幸なのですか?
母子家庭なのは、あなたたち親子だけじゃない。
大切な人と死別したのは、あなたたち親子だけじゃない。
ベートーヴェン(フランツ・リスト編曲)交響曲第5番/Joseph Villa plays Beethoven-Liszt Symphony No.5, 1st movement in concert
イエスの十字架には「ユダヤ人の王」と罪状が記されていました。祭司長や律法学者、その他の見物人たち、そして一緒に十字架につけられた罪人までもが「おまえは他人を教えても、自分を救うことはできないのか?」「もしおまえが本当に神の子ならば、十字架から下りて、自分を救ってみるがいい!」と口々に叫び、イエスをののしりました。
イエスは断末魔の苦しみのなかでも、泣き言や恨み言を一切言いませんでした。それどころか、自分をこのような目にあわせた人々のために祈っていたのです。
「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」(ルカによる福音書23・34)
十字架の上で、イエスはひたすら祈りつづけていました。しかし、すでに瀕死の状態であった彼のか細い声が、周りにいた人たちにはっきり聞き取れたはずはないのです。福音書によってイエスの最後の言葉が異なるのも、無理はありません。
ルカの福音書によれば、イエスは最後に「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」(ルカによる福音書23・46)と叫んだことになっています。ヨハネの福音書では、「渇く」(ヨハネによる福音書19・28)、「成し遂げられた」(ヨハネによる福音書19・30)と言ったとされています。そしてマタイおよびマルコによる福音書には、こう記されています。
「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか。」(マタイによる福音書27・46、マルコによる福音書15・34)
この言葉は、死の間際に、イエスが神に対してぶつけた絶望的な嘆きにようにも聴こえますが、そうではありません。じつはこれは『旧約聖書』の「詩篇」、第22編、ダビデの歌の冒頭(詩篇22・2)の一節に一致するからです。
「詩篇」第22編は、受難にあって、なお主を讃美する詩です。おそらくイエスは、十字架にかけられた自分に、「詩篇」第22編を重ね合わせながら、詩を唱えることで祈りつづけていたのでしょう。
クリスチアン・ニュルンベルガー『17歳からの聖書の読み方』(清水紀子 訳、主婦の友社) p.233-235 *3
*1:著書に『The Bible as Prayer』がある。
*2:この書籍の表記はシモーヌ・ヴェーユになっている。
*3:
YouTube : Dr. Strangelove
Hugo Strikes Back! is over.
We'll Meet Again ...
One of these days... ?
Merry christmas !
My new blog launched.
ofellabuta
Do you like it?

Perfect Position Selector
(via High On Sex : The Best Sex Position For You)
精力や身体の柔軟さ、身長差やチンコのサイズなどからあなたにベストな体位を教えてくれるサービス。身体超柔いとか選んだら、なんか奇抜なのが出てくるのかと思ったら意外と普通。
またまたおひさしぶりです。
昨日、中山信弘先生による待望の著作権体系書である『著作権法』(有斐閣、2007.10)を買いまして、早速読んでみました。ううむ、スゴい。引き込まれるように読んでいきました。
で、一番ビックリしたのが、次の記述。
「なお、図書館の利用者が自主的にコイン式複写機を用いて複製する行為は、条文を素直に読む限り、それが私的使用目的であれば30条により侵害とはならないと考えられる。つまり図書館での複製機器は30条1項1号の自動複製機器を用いた複製に該当するが、附則5条の2により文書・図画については適用除外とされているからである。もしこのような解釈を採れば、図書館自身は31条1項1号の複製しかできないが、利用者が図書館による管理を離れて主体的に複製する場合は、30条の要件を満たす限り全部の複製が可能ということになる。しかしこれでは31条1項1号の趣旨が逸脱されてしまうので、図書館においては31条が優先するという解釈もありうる。ただ、そのように解釈したとしても、利用者は一歩図書館を出れば街のコピー屋で全部複製ができるため、資料の館外貸出しを受けて複製するようになるだけであろう。このような問題はどのような解釈をしても問題は残るであろう」(pp.254-255)
これってつまり、「どうせ館外貸出しで全部コピーされるんだから、館内で30条コピーすることを認めても同じ」って見解ですよね〜?
現職の法制問題小委主査の見解ですから、結構影響大きいと思うんですが・・・。権利者側の反応が気になるところです。
〔2007.10.14, 22:00 中山先生の著書中の引用ページを補記〕
日本図書館協会著作権委員会編による『図書館サービスと著作権』(図書館員選書・10)の改訂第3版が出ました。(1680円)
amazonに掲載された「「MARC」データベース」の内容案内では「図書館の立場で複写等の問題を具体的に解説。現場の参考書として使える解説書。構成を再編した改訂第3版」とそっけなく紹介されています(初版から解説文がほとんど変わっていません。改訂版以降全然違う内容になったのに・・・)が、実際には、付録がかなり充実していて、著作権法31条に関する2つのガイドライン、著作権審議会第四小委員会報告書の抜粋、多摩市立図書館事件の東京地裁判決の抜粋、上映会関係の文書、公共図書館における録音図書作成関係の文書まで収録されています。ここまで収録されている解説書は他になく、解釈の根拠を探し出すにはとても便利です。
ご参考までに目次を掲げておきます。
第1章 図書館業務と著作権
1.1 図書館と著作権
1.2 資料と著作物
1.3 図書館業務と著作権法の関連事項
第2章 著作権の諸概念
2.1 著作物
2.2 著作者
2.3 著作者に与えられる権利(1) 著作者人格権
2.4 著作者に与えられる権利(2) 著作(財産)権(狭義の「著作権」)
2.5 著作権の発生と消滅(保護期間)
2.6 著作権の制限(自由に利用できる場合)
2.7 もう一つの権利---著作隣接権について
2.8 外国の著作物の保護
2.9 罰則
2.10 著作物を利用するための方法
第3章 図書館業務と特に関係する規定
3.1 図書館等の複製(法31条)の規定
3.2 点字等による複製(法37条)の規定
3.3 非営利・無料による上演等(法38条)の規定
第4章 利用形態別の解説
4.1 閲覧(法22条の2、38条1項)
4.2 複写
4.3 貸出
4.4 無料上映会・レコードコンサートの実施
4.5 障害者サービス
4.6 新刊案内等における本の表紙等の利用
第5章 著作権調査と著作権処理
5.1 著作権調査と著作権処理の流れ
5.2 著作物の特定
5.3 著作物の著作者の特定と保護期間の算定
5.4 著作権の帰属の調査
5.5 著作権者との交渉
5.6 文化庁長官の裁定の手続
付録A 公貸権制度
付録B 著作権法令など
B-1 著作権法
B-2 著作権法施行令(抄)
B-3 著作権法施行規則(抄)
B-4 著作権法関係告示一覧
B-5 戦時加算関係
B-6 著作権審議会第四小委員会(複写複製関係)報告書
B-7 多摩市立図書館事件判決
B-8 著作権法第31条関係ガイドライン
B-9 上映会関係文書
B-10 録音図書作成関係文書
みなさま、ごぶさたしております。
もうだいたい20日くらい経過しておりますが、まったくと言っていいほど取り上げられていないようなので、ネット上の検索の便も考えて、紹介記事を書きます。
著作権法31条では、一定の要件を満たせば、図書館等において著作権者の許諾なしに複製を行えることとしていますが、その図書館等の範囲については著作権法施行令1条の3において限定的に定められています。この政令では、この図書館等として、国立国会図書館、図書館法2条1項の図書館、大学・短大・高専図書館、国立大学校図書館、博物館等の図書館、一般公衆に開放している国公立研究所の図書館、そして、これらに準ずる図書館等として文化庁長官が指定する施設の7種類の施設を定めています。
この最後の種類の図書館ですが、昭和60年に指定されて以来、新規の指定は実質的にはなされておらず、その理由としては日本複写権センターの設立による文献複写の集中処理システムの整備が挙げられていましたので、新規の指定は実際上困難であると認識されていました。
それが、約20年ぶりに、山階鳥類研究所(あの紅白歌合戦でかつて票数を数えていた団体です(よね?))の資料室が、31条図書館として指定されたのです。なお指定日は、平成19年4月27日となっています。
これまでの文化庁著作権課の方針からみて新規指定はかなり困難と見られていましたが、何か方針の変更でもあったのでしょうか??興味が湧くところです。
以下にこの指定を行った旨を公告した文化庁告示の全文を掲げておきます。
(出典)官報第4586号〔平成19年5月21日付け〕第5面
http://www.kantei.go.jp/jp/kanpo/may.4/km0521ee.html
○文化庁告示第九号
著作権法施行令(昭和四十五年政令第三百三十五号)第一条の三第一項第六号に基づき、著作権法(昭和四十五年法律第四十八号)第三十一条の図書館資料の複製が認められる施設として、次に掲げるものを平成十九年四月二十七日付けで指定したので、同令第一条の三第二項に基づき告示する。
平成十九年五月二十一日
文化庁長官 青木 保
財団法人山階鳥類研究所資料室
※ 肝心の最後の1行が欠落していました。申し訳ございません。okeydokeyさんのトラックバックによるご指摘を受けまして、加筆いたしました。okeydokeyさん、ありがとうございました。
約1年ぶりの更新になりますが、みなさまお元気でしょうか?
なぜ1年ぶりに更新したかというと、図書館の複写サービスに影響を与える法改正が久しぶりに行われたからです。
測量法という法律がありまして、その中では地形図を複製する場合には国土地理院長の承認が必要だ、とされていました(第29条)。この規定はもちろん図書館における複写サービスにも適用されていました。と言っても、平成11年に出された国土地理院の通達により、著作権法の権利制限に基づき行われる複写(すなわち著作権法31条1号に基づく複写)においては承認を要しないという扱いになっていましたので、承認が必要なのは地形図全体を複写する場合に限定されていたわけですが。と言っても、国土地理院の有する著作権が消滅した後も、測量法の適用を受ける明治34年以降の地図全体を複写して利用者に提供しようとすればいちいち国土地理院長の承認が必要になっていたわけです。
それが今回、測量成果の複製承認手続に関する規制の緩和措置として、国土地理院長の承認が必要とされる複製を(1)測量に使用する目的、(2)刊行する目的、(3)ネット上で提供する場合、の3つに限定する改正を行うこととなったわけで、そうしますと図書館の複写サービスにおいていちいち国土地理院長の承認が要らないということになります。
ただ、この一部改正法の施行日は、「公布の日から起算して一年を超えない範囲で政令で定める日」(附則第1条)とされていますので、今すぐ、というわけには行かないのが残念なところではありますが・・・。
測量法の一部を改正する法律案の概要(国土地理院ウェブサイト)
http://www.gsi.go.jp/LAW/SurveyAct/kaisei0305.htm
国土地理院の地図がネットで入手可能に--測量法が改正へ(CNET Japan ニュース)
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20344723,00.htm?ref=rss
3月1日付けの投稿で文化審議会著作権分科会を取り扱いました。そのときには、zfylさんのメモを参考に書きましたが、実は私、この分科会を傍聴していたのです。で、三田さんのあの発言とか権利者団体のあの発言とかも全部聴いていました。
これについては他のブログでも扱われているのでいいんですが、ひとつだけ大事なことに触れられていないのに気づいたので、遅くなりましたが紹介させていただきます。
午前11時20分、一般傍聴者の入場が許され、私を含めた約20人ほどの人が入場し、着席したのです。そのとき、あの三田誠広さんが、突然デジカメを取り出し、パシャパシャ撮影するではありませんか!もちろん一般傍聴者の席にも容赦なく!三田さんに肖像を無断撮影される謂われは無いので、私はとっさに人影に隠れましたが、他の人はしっかり撮影されていたと思います。文化庁の人も他の委員もいっさい止めようとはしませんでした。
三田さんは日頃からよく、権利を大切にしようという趣旨のことをおっしゃっていますが、人のプライバシーのことをどう考えているんでしょうか。人の権利はどうでもいいんでしょうか。本当にいい加減にしてほしいです。
ある街のまちづくりに参加できると思ってミスコンに参加し、選ばれた方が、実際にはコンパニオン扱い・未婚の女性=潜在的な嫁扱いを受けたという体験を送ってくれました。ご本人にお許しを得て、こちらに転載します。
現役ミスの経験として、私は、街のPRをするためだけにミスコンに参加しました。しかし、当初想像していたミスとは最初の印象が異なりました。
なぜ、スナックで3名別々に男性の間に座らせられなければならないのでしょうか?なぜ、飾りだけの扱いで研修ひとつしてもらえないのでしょうか?
なぜ?自分の息子やあなたの結婚相手に。と言われなければならないのでしょうか?
聞くところによると、私の街だけではなく、古くはコンパニオンからの派生である事が多い事からこのような風習が残っているようです。
なぜ、未婚女性でなくてはならないの?任期中に結婚できないの?ミスコン。もう少し考える必要性があると思います。
メッセージ、ありがとうございます。
ミスコン批判をしている人の中にはミスに選ばれた女性たちやミスコンに参加する女性をdisってる人もいますが、そういう単純な話でないんだなと思います。
今日はふたつのイベントをはしごする予定。
1つは友だち主催のパーティー。もう1つは、研究対象になってる団体の大きなパーティー。
会場ホテルなのに普段着しか持ってないので浮きそう。
二日前に大学で開催された You Fit the Description (Facebook event) というイベントに参加して来た。これは、大学警察(普通の警察とは違って、大学に付いている警察機関。実際は普通の警察官が訓練を受けて修了証をもらうと大学警察で働けるので、あまり中身は変わらないけれど)の大学キャンパス内での仕事のやり方と、それが人種的マイノリティにとって何を意味するのかについて学生同士で話し合うというイベント。
イベントを主催した学生たちによると、過去18ヶ月のあいだにシカゴ大学の大学警察が逮捕した人数のうち50%以上が黒人あるいはラティーノ・ラティーナだったと言う。「大学全体では10.4%しかいない黒人・ラティーナ・ラティーノの学生がこれだけ高い被逮捕率になるのは変だよね?」というのが、イベントの Facebook ページにも書いてある。
Facebook ページにはさらに、
実際に Independent Review Committee という大学警察からは独立した機関が、去年「黒人学生は本大学の大学警察によって学生証を見せろと言われることが、白人学生よりも多い」という結論を発表した。更に、大学警察についてのクレームを出す学生も黒人学生からのものが異常に多いとも発表した。
去年は更に、学部4年生の黒人男性学生を大学警察が「不法侵入及び公務執行妨害」で逮捕し、一晩留置場に入れた。しかしこの「罪」はすぐに取り下げられた。先月には、図書館近くにいた黒人男性学生を大学警察が呼び止め、「ノートパソコンを盗んだとされている犯人の特徴と似ているから、学生証を見せなさい」と迫った。
この学生は「大学警察による人種的偏見は、とんでもないとこまで来ている」、「白人の、アジア人の、あるいはネイティブアメリカンの学生のいったいどれだけの数が、この大学の人間だと証明するために学生証を見せろと言われているっていうんだ」と言っている。
とある。
ボクもこの大学の「安全」についてのポリシーには疑問を感じることが多かった*1ので、参加してみた(遅刻したけど)。
ディスカッションの前半は「いまどういう状況にあるのか」。つまり上記のようなことが起こっているということ、それらについての詳細、そしてその他参加者がこれまで経験したり見聞きしたことをシェアする時間。後半は「今後どういうことができるか」。ここでは色々な案が出たけれど、意見が割れることが多かったのが逆にすごくよかった。
意見の割れたトピックで重要だとボクが思ったのは、
ちなみに一番最後の意見はボクが言ったんだけれど、そしたらそこから議論が急展開して、「有色人種としては自分が人種的プロファイリングの標的になるのはいや、だけど学生としては警察に身を守ってもらいたい」というジレンマについて、そして最終的にはシカゴ大学の学生である自分たちの責任はどのように受け止めるべきかというところまで発展した。
人への突っ込みしかしてなかったのかよ、ネット上と同じだなお前、と思われそうなので(笑/えない)、ボクが当日思いついて話したアイディアは以下の通り。
そんなわけで、水曜にあったイベントの報告でした。
*1:詳しくはこの辺をどうぞ:シカゴ大学の「安全」問題と学生の特権 / 学問に携われ、さもなくば凍え死ね(シカゴ大学で働くなら)。両方とも英語ですすいません。
お約束ですが、生きてます。
さて、ここに書くのは約2年振りと久しぶりですが、そうです、宣伝です。3ping.org、Vicuna CMSの市瀬さん、hxxk.jpの真琴さん、そして福島の3人の共著である「実践 Web Standards Design」ですが、この度、技術評論社さんの電子出版サービス「Gihyo Digital Publishing(GDP)」からEPUBで販売されることになりました。規格としてはEPUB3になります。
今回の電子書籍版は、書籍版のXHTML1.x + CSS2.1というベースは変わりませんが、新たにHTML5やCSS3などについても追記していますので、実質的には第三版目の改訂版という感じになっています。
おかげさまで、書籍の方は九天社版で3刷、技評版で2刷と合計5刷ほど出させて頂きましたし、一時期はWaSPの推薦図書(日本語版)にも入れて頂いたこともありました。
今回のこの「実践 Web Standards Design」電子書籍版も最近ウェブ業界に入った人や、これからウェブ制作を仕事にしようと思っている人達にも読んでいただけるような参考書になればと思います。そして、今回の電子書籍版にご尽力いただいた技術評論社の高橋さんと関係者の方々にこの場を借りて感謝を申し上げます。ありがとうございました。
しましたというか、してました。
10月1日付けでネイバージャパン株式会社に入社してそろそろ1ヶ月が経ちます。前職で色々とあった時に良いタイミングでお声をかけていただき、B to Cを経験したかったってことや、見学させていただいた会社の環境も良かったこともあり、とんとんと話が決まって入社することになりました。色々とやらなければいけないことは山積みですが、焦らず気負わずに自分の力を発揮していければと思っています。
NAVERには普通の検索だけでなく、クリックだけで検索できるスマートファインダーや、写真の加工がブラウザ上でできるフォトエディターなど色々と便利なサービスがあります。また、今後も色々とリリースする予定ですので、ぜひ一度使ってみてください :)
2009年9月25日にMdNより「XHTML+CSSプロが教える"本当の使い方"」という本が出ました。ほんの少しだけですが、お手伝いさせていただきました。「離れた場所をロールオーバーさせるフォトナビゲーションメニュー」という内容を解説しています。

書籍で解説されている全てのサンプルは下記ページの「ダウンロード」から落とせます。
僕が書籍で解説しているフォトナビゲーションメニューは、対象ブラウザとしてIE6も含んでいますが、一応、書籍内ではIE6を対象外としたバージョンについてもコードだけ紹介しています。ただ、IE6を対象外としたバージョンのサンプルは、ダウンロードサンプルには含まれていないので、ここでシンプルバージョンとして公開しておきます。
今見ているページを、右クリックからIETesterでバージョン指定して開けたらなあと思ってTwitterで呟いたら、akzさんに「Launchy」で出来そうって教えて頂いた。
@e_luck URLを外部アプリに渡す拡張だったらLaunchyってのがあったんですけどもう開発止まってるみたいですね https://addons.mozilla.org/ja/firefox/addon/81
@e_luck あとバージョン指定は引数渡してやればいけそうです http://tinyurl.com/cd8a2f
それ頂きっす!ということで、Launchyを使って今見ているページをIETesterで任意のIEバージョンを指定して開く方法をメモっとく。

Launchyは、リンクなどを任意のアプリケーションを指定して開けるようにする拡張。3年ほど開発止まってるみたいだけど、気にせずにFirefoxにインストール。
Launchyには、いくつかのアプリケーションがデフォルトで設定されているけど、それ以外の外部アプリを設定したい場合には、launchy.xmlを作成して情報を記述する必要がある。launchy.xmlを保存する場所は、Launchyの設定画面の「launchy.xml」タブで確認することができる。

launchy.xmlに記述する際のフォーマットは以下の通り。
typeで指定するアプリケーションの種類はLaunchyのサイトで確認できる。
IETesterは、引数を指定することでバージョンの指定をすることができるので、以下のようにIE6、IE7、IE8、全バージョンの4パターンで開けるようにした。
<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><configurations xmlns="http://launchy.mozdev.org/configurations"> <application> <label>IE Tester ie6</label> <type>1</type> <command>C:\Program Files\Core Services\IETester\IETester.exe</command> <arguments>-ie6</arguments> </application> <application> <label>IE Tester ie7</label> <type>1</type> <command>C:\Program Files\Core Services\IETester\IETester.exe</command> <arguments>-ie7</arguments> </application> <application> <label>IE Tester ie8</label> <type>1</type> <command>C:\Program Files\Core Services\IETester\IETester.exe</command> <arguments>-ie8</arguments> </application> <application> <label>IE Tester all</label> <type>1</type> <command>C:\Program Files\Core Services\IETester\IETester.exe</command> <arguments>-all</arguments> </application></configurations>これで右クリックからバージョン指定してIETesterで開けるようになった。情報をくれたakzさんに感謝!
前回の記事で宣言した通り、TypePad Connectを導入した。実は、あの後すぐにコードを組み込んでみたんだけど、何故かコメントフォームが表示されなくて一回断念した経緯がある。んで、今日、Six Apartの中の人である2xupのgoyaさんにメッセンジャで手取り足取り教えて貰いながらなんとか導入でけた。やっぱ持つべきものは親身になってくれる友人ですわ。つう訳で、これはブロギってフィードバックしとく。一応、以下の内容は2009年1月19日現在のTypePad Connect上の説明を前提とした話です。
TypePad - Dashboardから、手順に沿ってTypePad ConnectのスクリプトをMTのテンプレートに組み込んでインストールする訳だけど、MTで直接コメントされた古いコメントも表示させようと思うと、TypePad Connect上に書いている5項から7項の説明通りに組み込んでもうまくはいかない。

例えば、<MTInclude module="Comment Detail">で読み込まれる「Comment Detail」なんてテンプレートモジュールは、僕の環境MT4.23-jaだと存在しないから再構築エラーなんかが出ちゃう訳だ。
ちう訳で、あーでもない、こーでもないと言いながら、最終的にgoyaさんに教えて貰いながら行った作業は以下。
MT上で付けられた古いコメントを表示させるためテンプレートモジュールを作っておく。
<div class="comment"<MTIfArchiveTypeEnabled archive_type="Individual"> id="comment-<$MTCommentID$>"</MTIfArchiveTypeEnabled>> <div class="inner"> <div class="comment-header"> <$MTCommentAuthorLink default_name="Anonymous" show_email="0"$> <MTIfNonEmpty tag="CommentAuthorIdentity"><$MTCommentAuthorIdentity$></MTIfNonEmpty> said: </div> <div class="comment-content"> <$MTCommentBody$> </div> <div class="comment-footer"> <a href="#comment-<$MTCommentID$>" title="Permalink to this comment"><$MTCommentDate format="%x %X"$></a> </div> </div></div>これを「Comment Detail」という名前で作成しておく。
MTのコメントテンプレート内全てをごっそりとTypePad Connectのコードと入れ替える。ただ、そのままではなく、以下の強調部分のコードを加えておく。
<mt:IfCommentsActive><div id="comments" class="comments"><mt:IfCommentsAccepted><div class="comments-open" id="comments-open"> <h2 class="comments-open-header">Comments</h2> <div class="comments-open-content"><mt:If tag="mt:EntryCommentCount"><mt:Comments><$mt:Include module="Comment Detail"$></mt:Comments></mt:If> <!-- start tpc --> <div id="tpc_thread"></div>?省略?</mt:IfCommentsActive>んで、あとは再構築すれば作業は完了。MTに付けられた古いコメントをTypePad Connectに合わせたければ、Comment Detailテンプレートを弄れば良いと。ちなみに、コメントされた際に送られてくる通知メールに直接返信すると、返信コメントとして反映されるのがイカスわー!
Spheric (mp3)

Yuminale (ユミネール)
http://www.yuminale.com/
2000年に結成され、活動する、米コネチカット州のエレクトロニカアーティスト、
Yuminale (ユミネール)。Downtempo、Chillout、Art Rock、Techno、
Electronic、Ambient、New Age、Rock、Instrumental、Experimental
と、これまでに既に全方位的にサウンドをエレクトリックにカバーしていますが、
なかでも「チルアウト chillout」「アンビエント ambient」への嗜好が強い。
The style is electronic music encompassing chillout, ambient and electronica. Yuminale’s last effort of the decade promises to entice with extended works of intricate electronica, memorable sequences and cutting edge sounds.
Twitter: http://www.twitter.com/yuminale
facebook: http://www.facebook.com/yuminale

Twitter投稿用のショートURL (music tweet via Song.ly)
http://song.ly/2ofkl
Paris in the Rain (mp3)

Wezz & Wood (ウェズ・アンド・ウッド)
http://artists.topmusic.jp/wezzwood
http://www.wezzwood.com/
デンマーク発のWezz & Wood (ウェズ・アンド・ウッド)。このバンド、を聞いたときに
とくにボーカルのキャラクターによるところも確かにあったけど、まず思い浮かんだのが、
1971年にデビューしたアメリカのロック・バンドの代表曲「Keep On Loving You」
「Can’t Fight This Feeling」「In Your Letter」あたり。それくらいクラシック
ロックを追及してやまないのがこのバンドの特徴。ロックサウンドという意味では、もちろん
派手で、仰々しいし、強烈なのですが、また一方で、静かで想像力を刺激するシンフォニー
タイプのサウンドもあります。両方のタイプを楽しめるので、クラシカルで交響曲っぽい
アレンジのロックが好きなひとなら、このバンドの曲を聴くことで究極の経験を持てる
かもしれないですね。
Deep Purple、Queen、Meat Loaf、Led Zeppelinといった1970年代のロック
バンドに影響を受けているものの、けしてコピーバンドを目指すのではなく、完全に独自な
スタイルのサウンドを追求し、そのギターのリフをとってみても、非常に魅力的です。
メンバー自体、音楽業界で長年、経験を積んできた面々なので、その渋さは光ってい
ます。彼らは、彼らの自身だけの演奏で音楽を組み立てるイッポウでデンマークの
ロイヤル交響楽団や、Radioens Symfoniorkesterとコラボレーションしてユニークな
サウンドを作っていたりもします。


[Buy CD / mp3 at CDBaby]
[Buy mp3 at アマゾンmp3ダウンロード]
Twitter: http://www.twitter.com/Wezzwood
facebook: http://www.facebook.com/pages/Wezz-Wood/128516020529693
reverbnation: http://www.reverbnation.com/wezzwood

Twitter投稿用のショートURL (music tweet via Song.ly)
http://song.ly/2ofkj
The Most Stupid Way To Tell Someone That You Don’t Like Them (mp3)

Better Than Grey (ベター・ザン・グレー)
http://artists.topmusic.jp/betterthangrey
http://www.betterthangrey.com/
Better Than Grey (ベター・ザン・グレー)は、ブルガリア、ソフィア発のポップパンク
バンド。はじめは、Justin Case (Vocals)、Eddie (Bass)、FranX (Guitar) の
3名が、元々やってたバンドが解散しちゃった等の理由で、2010年初頭に結成。結成後の
数ヶ月で、Fiorelo (Guitar) と Steve (Drums)が加入。そして6月にはイタリアで
デビューアルバム「NO WAY BACK」をレコーディングしました。9月に結局のところドラマーが
脱退し、代わりにMonXが加入し、それが現在のラインナップになってます。
2011年にAntStreet Recordsと契約し、昨年末の冬にデビューアルバムをリリース。
このアルバムをプロモートするために積極的にそして果敢にライブ活動をガシガシと展開中。
ライブはブルガリア国内だけに留まらず、ギリシア、イタリア、チェコ、ポーランドと広がって
います。
Twitter: http://www.twitter.com/betterthangrey
Facebook: http://www.facebook.com/betterthangrey
Reverbnation: http://www.reverbnation.com/betterthangrey


Twitter投稿用のショートURL (music tweet via Song.ly)
http://song.ly/2ofkk
Your Love Is My Oxygen (mp3)

Cutting Edge (カッティングエッジ)
http://www.cuttingedge-band.com/
1997年にロサンジェルスで結成したポップロックバンド。現在は本拠地を
アリゾナ州に移して、いまもなお現役で元気に録音活動やコンサート活動を
しています。
1997年にたまたま制作した楽曲「D.C. Shuffle」をクリスマスプレゼントと
して音楽業界の500人に配ったところ、カレッジラジオでそのダンスナンバーが
盛り上がってヒット。カレッジラジオを中心に大学生が注目するポップロック
バンドとしてのポジションを確立。作ったアルバムも支持されました。
その後、リリースしたオリジナルアルバム「THE BIG 14 N’ MORE」はアメリカ
のみならず、ヨーロッパのコマーシャルラジオでもオンエアーされました。
そのときのリードシングルが「Every Time I Try」という曲で大きく評価
されました。
その後、「CENSORED BY THE U.S. GOVERNMENT」やライブ録音のアルバム
「CUTTING EDGE RELEASED,ALIVE!」をリリース。また、IRBIというアワード
では、彼らの楽曲「Every Time I Try」はその年のSong of the Yearに
ノミネートされ、また1999年には曲を作詞作曲したメンバーがその年のベスト
ソングライターに選出されました。

[Buy CD]
Skope Magazine says “Cutting Edge is the most exciting and eclectic band in the world.
reverbnation: http://www.reverbnation.com/thunderquestrecords


Twitter投稿用のショートURL (music tweet via Song.ly)
http://song.ly/2ofcb
How Can U Luv Me (mp3)

Unknown Mortal Orchestra
http://unknownmortalorchestra.com/
70年代のサイケデリックロックに影響をうけ、そのまんま
再現するかのような、とてもとてもレトロなサウンド。
ニュージーランド出身、現在、アメリカのポートランドで活動中、
昨年、Fat Possumからデビュー。

タンブラーもやってます http://yamamiya.tumblr.com/
Ancient teeth hint that right-handedness is nothing new – life – 23 May 2009 – New Scientist
Ancient bones suggest “lefties” have been coping with a right-handed world for more than half a million years. A study of Homo heidelbergensis, an ancestor of Neanderthals, seems to show that the ancient humans were predominately right-handed.
約50万年前のヒト属(ホモ・ハイデルベルゲンシス)は大部分の個体が右利きであったことが明らかになったという報告です。
報告ではホモ・ハイデルベルゲンシスの頭蓋骨、主に歯の摩耗具合に着目しています。このとき、道具を使って肉など切るときに道具によって歯を傷つけているのではないかと仮定して解析を行っています。この結果、19の頭蓋骨のうち15の頭蓋骨が右利きらしいことを明らかにしています。
研究者らは人類の多くが右利きだという傾向が50万年前から続いていることを支持する研究結果であると主張しています。
人類は右利きが偏って多いというのはよく知られた事実ですが、現代人の場合約90%が右利きなのだそうです。((左利き – Wikipedia))
サルでも利き手に関する多くの研究がなされていて、左利きが優位に多いという結論が導き出されることが多いようです。しかし、この結果から種全体(たとえばニホンザル全体)で左利きが多いと結論づけられるものではないというのが現状のようです。((サルにも利き手はあるか?))
はっきりとした利き手の偏りが明らかになっているのはヒトだけで、しかも右利きが圧倒的に多いのはなぜなのでしょうか。
人類は石器などを調べることで、200万年前には右利きのヒト属の存在を示唆する結論が得られています。
約200ー300万年前の人類の祖先アウストラロピテクスを発見したレイモンド・A・ダートは、一緒に出土したヒヒの頭の骨の傷の位置から、彼らが右利きであったと考えている。ヒヒの頭骨にあいている穴は左側に多く、その一部は同時に出土したカモシカの上腕骨の関節部分と形が一致した。これらの観察から、ダートは、アウストラロピテクスが右手に持ったカモシカの上腕骨で向かい合ったヒヒの頭を殴りつけて殺したと推測した。
でもこの頃はまだそれほど右利きに偏っていたわけではないようです。
時代を遡っていくと、200〜250万年前の原人類では、右利きは59%だったということです。これは、ホモハビリスの作った石器を調べた結果得られたもので、かなり正確なデータと言えそうです。
人類に右利きが増えるきっかけになったのは言語の発達と関連があるのではないかという仮説を西山賢一博士が提唱しています。
私は、手と脳の関係から考えて、人間の道具の発達の歴史と脳の発達の関係が、右利きが増えたことにつながってきたという仮説を立てているんです。
(中略)
例えば、言葉は右脳に障害があっても話せますが、左脳に障害があると話せなくなります。右半身マヒの人に失語症が多いのもそういう理由によります。つまり、左脳は言語コミュニケーションに結びついているわけです。
ということから一つ言えるのは、人類は言葉の発達に伴い左脳が刺激・強化されていき、それにより右半身の運動能力が発達した、つまり右利きの比率が高まっていったということです。
この仮説だとどうして右利きなのかという説明にはならないし、どうして右利きに「偏っている」のかという問題に答えるのが難しそうです。この仮説が正しければ100%右利きでもおかしくないですよね。もっといえばこの仮説が支持された場合、右利きのヒトのほうが言語能力に長けているということにもなりそうです。
やっぱりそうそう短絡的なものではないようで、利き手によって脳の使い方が変わってくるそうです。
言語野は大脳皮質の左半球にあることが多いが、右利きの人で数%、左利きの人で30〜50%程度が右半球に言語野をもつことが知られている。総合的には90%以上の人では言語野は左半球にある。
脳が利き手を決めるのではなく、利き手が脳の使い方を決める方向の作用もあると言うことですね。脳と体は双方向にやりとりをしています。
これが右利きが100%にならない理由なのかもしれませんね。
体のつくりとしては右利きのほうが言語野が刺激されて活性が高くなるから左脳にまとめた方が効率的で実際にそういう人が多いんだけど、別に左利きになってもさほど能力に変化を起こさないままで対応できる柔軟性を持っている。という説は説得力があるのではないかと思います。
でもこの理屈でも左利きの人の言語野が左脳にあったりして特に問題がないことなどから反論があるようです。それに常に左利きのヒトが10%程度で落ち着いている理由も説明できませんね。
この文章を書いてわかったことは、利き腕がどうしてあるのか、なぜヒトは右利きが多いのか、利き腕と脳の関係など、まだまだわからないことだらけだということがわかりました。
ちなみに
利き腕と脳についてよく言われる説で右利きは理論に優れ、左利きは芸術など感性・ひらめきに優れると言うことがあるがこれは間違いである。確かに人間の左脳は言語野など理論的なものがあり、右脳には感性を司る部位がある。そして、利き腕と脳はクロスした繋がりが太いことも確かである。しかし、腕の動きが活発であるかどうかと脳の活動はほとんど関係がない。
とのこと。腕を組んで右が上に来たら右脳派、逆だと左脳派とかやりませんでしたか?
Sunbathing ‘could boost your intellect and prevent dementia’ – Telegraph
Researchers found that increased levels of vitamin D, obtained from exposure to sun or eating oily fish, could help keep our brains in top condition as we age.
The findings suggest that retirement to warmer climes or taking dietary supplements could boost your brain’s ability to stay active later in life.
体内のビタミンDの高さと認識能力の高さに相関があることがわかったという報告です。研究者らは、定年後を暖かいところで過ごしたり、サプリメントを飲んだりすることで脳の能力をより高いものにすることができるんじゃないかと主張しています。
マンチェスター大学の研究者らは40歳から79歳のヨーロッパ人、3133人を対象にして8つのテストを実施。
この結果、高いビタミンDレベルを持つ被験者は低いレベルの人よりも高いスコアを記録する傾向があることを明らかにしました。
この結果について研究グループのデビット博士はビタミンDレベルと認知速度の関係、特にビタミンDレベルが低いときに認知速度が遅くなることに気がついたのが我々の研究の成果だと主張しています。
また、興味深いのはビタミンDレベルと認知能力がどのようにリンクしているのかまだ明らかになっていない点だとも述べています。
ビタミンDは紫外線を浴びることで産生されます。一般的には骨を作るのに必要なビタミンとして有名で、欠乏すると骨粗鬆症になることなどが知られています。
しかし、紫外線を浴びすぎると皮膚がんなどになることもわかっているので、食品やサプリメントで摂取することが勧められています。関係のない話ですが最近の母子手帳から子供の日向ぼっこを勧める記述がなくなったりもしていますね。
食品から摂るためには青魚などがいいことが知られています。またシラス干しのような小魚を丸ごと食べるのも良いそうです。
ビタミンD不足=認知症という単純な関係ではなさそうですが、まだ明らかになっていないビタミンDの機能があるのかも知れません。また、若年層に対しても認知速度を高める効果があるのかどうか気になるところです。
医療従事者と世間話をしてて、「マスクなんてインフルエンザ予防にそんな意味ないんじゃないの?」って言ったら、んなこたーない!と詳しく解説してくれたので、そのメモを書き留めておきます。うろ覚えのところもあるので間違いがあったらご指摘ください。
マスク
不織布で作られたサージカルマスクをつかう。N95マスクまでする必要は無いが、ガーゼマスクではインフルエンザ予防効果がない。
インフルエンザウイルスは唾液の飛沫や空気中の水蒸気に付着することで飛び回る。インフルエンザの場合大部分はこの飛沫が口に入ることで感染すると言われているので飛沫が口に入らないようにマスクをすることはとても理にかなっている。
マスクの能力
不織布のマスクでも完全に飛沫を吸い込まないように出来るわけではない。ある程度はマスクが妨げてくれるという認識で。
そのため、マスクをしていても咳やくしゃみをしている人にはなるべく近づかない。飛沫はだいたい1〜2m飛ぶのでそれ以上近づかないのが良い。また人混みなどには近づかない。満員電車など防ぎようがないシチュエーションはいくらでもあると思うので、粘膜に付着するウイルスを最低限に抑える意味でマスクをする。
これだけだと頼りないが、マスクの本当の力は飛沫を避けるだけではない。
マスクをつける意味
健康な人がマスクを着用することで
3.の効果がインフルエンザ予防に特に期待できる。
関西医科大学とユニチャームの共同研究(2007年)では、インフルエンザ流行期に子供にマスクを装着させることで、インフルエンザ発症率が1/5に低下することが報告されている。
大人でも意外と口まわりを無意識に手で触ってることがあるとおもうのでマスクの着用は効果的だと考えられる。マスクの着用は飛沫から身を守ることよりも自分の手についたウイルスを口から体内に入れないようにする防護壁だと考えても良いくらい。
装着の仕方
鼻からアゴまでしっかりと覆うように。
顔とマスクの間に隙間ができないように気をつける。特に子供などサイズがあわないものを使っていると、効果がなくなってしまう。
必ず耳のひもやごむをしばって調整したり、小さめサイズのマスクを使うなどして対応する。それでも隙間があくようなら、サージカルテープなどで鼻の周囲の隙間をふさぐとより良い。
マスクはどれくらい交換するの?
会社や学校などにたどり着いたとき、家に帰ってきたときがはずしどき。必ずまず手を洗って、その手で外すこと。そのときマスク表面は触らないように注意して外す。できるだけ高頻度で交換することが望ましいが、難しいので注意を払うようにする。ただし、最長で1日1枚にしないと細菌が繁殖し不衛生。
マスクを外したらさわらないように気をつけて、紐を持つようにしてビニール袋にマスクを落とすようにして廃棄し、ビニール袋の口をしばる。このようにすることでウイルス(のついてる水蒸気)が飛散を防止できる。
やっぱり手洗い、うがいは基本
手洗いがめんどかったら手指消毒剤(こういうの)でもいい。
そのあとうがいをする。うがいはウイルスがのどの側面にもついてるかもだから、頭を左右に傾けながらするとより効果的。また、歌を歌いながらうがいをすると、のどの揺れ方にさが出てウイルスがとれやすくなるらしい。(歌の部分のソースはめざましテレビ)
カテキンを含んでいる緑茶や紅茶でうがいするとより大きな効果が期待できる。普段飲むときの3〜5倍に薄めてうがいする。
石けんによる手洗いの場合、殺菌力のある石けんを使っても30秒洗浄が推奨なので、手指消毒剤のほうが負担が小さくて毎日行うのに適しているかもしれない。効果に関してはあまり変わらない。
最終的には十分な休養。これが一番大事
睡眠を普段より意識的に多く取るようにする。寝不足だと免疫機能が低下する。
食事ではビタミンCを豊富に含んだ食品を摂るのがよい。無理ならサプリでもいい。
日頃の行動では密閉された換気の悪いところ(カラオケボックスとか)にはできるだけ行かないようにする。また夜遅く(22時〜2時)は免疫力が低下するので、不特定多数との接触を避ける。
罹ってしまったら
必ず病院に行く前に電話してから指示を仰ぐこと。いきなりマスクなしで病院に乗り込むとかしないこと。発熱外来の開設場所とか開設時間は施設によって違うので、必ず電話連絡して指示を仰いで欲しい。
参考
日本語で記された文献などにおいて、溶媒中の微粒子が不規則に動く現象であるブラウン運動を説明する際、「水中で花粉が動く」と記述されているケースがしばしばある。

from aim?e-michelle
ブラウン運動という言葉を覚えていない方でも「顕微鏡で花粉を見ていたら不規則に動いていた」という発見の逸話を覚えている方もいるかもしれません。この有名な逸話が間違っているというお話です。
ブラウン運動とは溶媒中(液体でも気体でも固体でもかまわない)の微少な粒子が示す不規則な動きのことです。この運動は水などの溶媒分子の熱運動による衝突によって引き起こされているもので、1827年に発見され1905年にアインシュタインによってその原理が明らかにされたというものです。
わかりやすいイメージとしてはこんな感じ(要Java)
ブラウン運動の仕組み
しかし、花粉はブラウン運動をしないのだそうです。
かくいう私も完全に「花粉」がブラウン運動をしたところを観測したのだと勘違いしていました。実験をしてみたわけでもない、大きさのオーダーを考えてみたわけでもないのにまるっと信じ込んでいたので衝撃的でした。
そもそもブラウン運動は溶媒の熱運動によって粒子が動かされるというミクロな運動であって、当然ながら大きい物体は動かされません。水中なら動かす側である水分子の大きさは1/10nmのオーダーなので10μm以上ある花粉を動かすのはちょっと難しいのだということです。(実際には動くけど、動く距離が微少で当時の顕微鏡では観測が難しい?)
花粉を観察していた際、細かな粒子が不規則に動く現象、いわゆるブラウン運動を発見した。
(中略)
上記において、ロバートが観察した「細かな粒子」は、正確には「花粉粒から出た細粒子」(tiny particles from the pollen grains of flowers、『PSSC物理』原著)であり、花粉そのものではない。
ブラウン運動発見の逸話で「花粉」がブラウン運動をしたわけではないのですね。花粉が水に浸ったことによって浸透圧で破裂し、中から流出したデンプンなどの微粒子がブラウン運動をした。これをブラウンは観測したそうです。
ではなぜこんなことになってしまったかというと
これがいかにして「花粉が動いた」に変化したかについて詳細は不明だが、少なくとも研究結果を伝承または翻訳する過程で起こった間違いに端を発し、多くの著名な学者までもがその誤解に気づかないまま増幅し、一般にまで流布する手助けをしてしまった経緯は否めない。
ということで要するに日本語に訳すときに間違ったりしたんじゃないかという琴だそうです。現在の教科書がどうなっているのかはちょっとわかりませんでしたが、少なくとも私が習ったころの教科書では「花粉が不規則な運動をしたのをみて」という記述だったような気がします。
実験もせずに信じるなという良い教訓になりました。
Vaginal Proteins In HIV-resistant Prostitutes Suggest New Prevention Measures
Researchers in Canada report discovery of unusual proteins in a small group of Kenyan sex workers that appear to be associated with resistance to infection with HIV, the virus that causes AIDS.

from sfgirlbybay
ケニア人の売春婦にHIVに感染しにくいヒトが存在することが明らかになったという報告です。原文では売春婦の部分を“sex worker”という非差別的な言葉をつかって「性産業従事者」くらいの表現をしていますがわかりにくいので売春婦にしました。
報告をしているのはカナダ人のBurgenerらで2000人以上の売春婦を調査した結果、140人がHIVに耐性を持っていることが明らかになったということです。しかし、HIVに耐性を持つヒトがいるということ自体は新しい発見では無いようです。
今回の報告では、HIV耐性を持つ女性と持たない女性の膣液に含まれるタンパク質を詳細に調べた結果、16種類タンパク質について違いがあることが明らかになっています。そのなかでHIV耐性があるヒトで増加していたタンパク質は8種、これらには抗炎症作用や抗ウイルス作用がある可能性があると研究者らは考えているようです。
耐性を持つヒトで増加しているタンパク質の一部は、すでにHIVの感染予防に効果があることが知られているタンパク質も含まれていたということです。このことから、まだHIV抑制効果が明らかになっていないタンパク質にも同様の効果があると期待できるというわけですね。
HIV耐性のヒトに増えていたタンパク質はタンパク質分解酵素の阻害効果を持つものが全体の3/4を占めていて、減っていたものには免疫システムに関わるタンパク質などが多かったということです。
今回発見されたタンパク質は、HIV予防薬の開発に一役買うのではないかと期待されています。予防接種の要領で使えるようになると好ましいと思います。タンパク質でもそんな風に直接薬になるのかな?

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マガジン航に「出版に変化をもたらすツールとしてのIT」を公開。
マガジン航には隔月で原稿書いてる感じである。これまでは大抵仲俣編集長から水を向けられて書いたのだが、今回は珍しく自分で思い立って書いた。TOC は注目してる人は昔から注目してるけど、意外に知られてない印象があるので、紹介する文章だけでも少しは価値があるだろうと思った次第である。
Slashdot や Wikimedia blog で話題になっているが、フリーソフトウェア/オープンソースに貢献したい人が何から始めればよいか、その道の現役開発者50人近くが指南する Open Advice が公開されている。
フリーソフトウェア/オープンソースへの貢献といってもそれはコードだけでなく、ドキュメンテーションなどいろいろな例が示されている。
既に書籍版も Lulu から出ているが、ありがたいことに PDF ファイルがダウンロード可能で、クリエイティブコモンズの表示 - 継承 3.0ライセンスの元で自由に利用できる。
著者陣を見ると、Wikitravel の創始者 Evan Prodromou と『アート・オブ・コミュニティ――「貢献したい気持ち」を繋げて成果を導くには』の著者 Jono Bacon ぐらいしか知った名前がなかったが、それは編者がドイツの人だからかヨーロッパの人が多いためか。GNOME と KDE の開発者が多い印象がある。
「緊急:アメリカ合衆国のインターネット検閲を止めろ」を訳したときは、とにかく SOPA の話を多くの人に知ってもらわなければ、と珍しく使命感とは言わないが少しだけそれに近い感覚があった。
今年に入って SOPA も PIPA も早期成立はなくなったが、クレイ・シャーキーの講演「SOPAはなぜまずいのか」は今も見る(読む)価値がある。
非常に細かいところを突っ込ませてもらうと、この講演には一点間違いがある。
ジャック・バレンティは全米映画協会のロビイストの首領ですが、以前恐ろしいビデオカセットレコーダーを切り裂きジャックに喩え、かよわいハリウッドを家に一人でいる女性に喩えたものです。何という話術でしょう。
SOPAはなぜまずいのか
ジャック・バレンティはビデオレコーダーを「切り裂きジャック」には喩えてないんですね。これは元から "Jack the Ripper" と言っているから訳者の青木靖さんではなくクレイ・シャーキーの間違いである。
そもそも切り裂きジャックは娼婦ばかりを殺しており、ハリウッドを「家に一人でいる女性」に喩えるのもおかしいのだ。
それなら正解は何かというと「ボストン絞殺魔」で、これについては殺人博物館の岸田裁月さんの文章が詳しい。
なんとも恐ろしい事件だが、これをハリウッドはまだアルバート・デサルヴォが係争中で有罪と確定していない段階で、役名に彼をはじめとして実際の人物名をあてて『絞殺魔』という映画を作っているのである。
この映画についてはやはり最低映画館の岸田裁月さんの文章を読んでいただくのがよいが、ハリウッドを「家に一人でいる女性」に喩えるのは、まったく厚かましいにもほどがある。
Facebook で小耳に挟んだのだが、坂口安吾が推理小説に挑み、第2回探偵作家クラブ賞を受賞した『不連続殺人事件』の映画が初めて DVD 化される!
5年以上前にも書いたことがあるが、ワタシが買った角川文庫版『不連続殺人事件』は、この映画版からのカットが表紙に使われていて興味を持ったが、しかし、DVD 化されてなかったため観ることができず残念に思ったものである。
原作は安吾自身大変な意気込みで書かれたもので、登場人物が入り組んだ厄介で面白い小説だったが、映画版のほうも原作の異様さを受け継いでいるようで、ようやく観れるのは嬉しい。
寒い。部屋が寒いのである。心も寒いが、身体も寒い。これは部屋の構造と間取りの問題もあるだろうが、特に足が寒い。それが辛い。
昔、エスキモーが履くような大きさのブーツにコンセントがついていて、電気で暖めるブツを持っていて重宝したのだが、電気系統が故障したようで火花が散ったためなくなく廃棄したことがある。あれが久しぶりに欲しくなった。
そうした愚痴を Twitter でつぶやいたところ、それは「足温器」だろうと教えてもらった。早速 Amazon を検索してみたが、ワタシが望む形状のものがない。
するとベンジャミンがブーツタイプの足温器情報を教えてくれたが、既に生産終了とのこと。残念。
さらに調べてみると、電気を使わないタイプでワタシが求めるタイプの商品があることに気付いた。
保温、熱反射アルミ、断熱層の多層構造!エコロジーな足温器!?『電気を使わない 2WAYポカポカブーツスリッパ アーガイル黒』
電気いらずであったか快適なルームシューズ『履くだけあったかE?スリッパ』
ワタシが昔使っていたのは、後者に近い。しかし、どちらもあからさまに女性向けで、サイズ的にちょっと窮屈かもしれない。
ワタシとしては、てっとり早く電気で足を暖めたいのだが、そうしたブーツタイプの足温器ってもうないのだろうか? ないなら『履くだけあったかE〜スリッパ』を買うしかないが……。
「ウェブちくま」にて新連載が始まりました。
「よりよく生きるための経済学入門」http://www.chikumashobo.co.jp/new_chikuma/
昨年『危機の経済政策』(日本評論社、2009年)で石橋湛山賞を受賞された経済学者、早稲田大学政治経済学術院教授の若田部昌澄氏が先生、わたくし栗原が生徒役になって(なって、というかそのまんまですが)、講義形式、問答形式で、経済学の考え方やものの見方の基本を学んでいこうという主旨の連載です。
うう、以下、説明をいろいろと書いていたのですが、ブログにアップする文章だからと油断して保存せずに書いていたら、突然PCがシャットダウンして全部消えてしまいました不覚……。あとで補足します。
お返事遅くなり申し訳ありません。連休明け〆切の仕事をいくつか抱えております。BBS並びにコメント欄でのご発言、恐縮でございます。津原さん自らがお出向きになったことに、驚きよりもむしろ不穏なものを感じたりもしますが、さて――
烏賊ちゃんとのやりとり、ざっと拝読しましたが、いくらなんでもそりゃないわ。
貴方を識者と認めて頼ってきた一般人に、まずは自著を買わせ、次は本名とアドレスを開示せよと。じゃあ次は何が来るんだろう、嫌がらせでもされるのかと、普通の人は警戒しますよね。
自著を買ってくださいと頼んで買われてしまった時点で、貴方は経済基盤の一部を烏賊ちゃんに依存してしまったのだ。ここに義理がすでに生じている。金額の大小の問題ではない。
津原さんともあろう方が異なことをおっしゃる。
最初、烏賊娘氏がこの件についてツイッターにて、「『盗作の文学史』の著者からコメントがないか期待してきました」「御意見ください」といってこられたので「拙著はお読みになりましたか」と訊ねたところ未読とのお答えでした。別のツイートでは「川上未映子が実際に盗作盗用をしているか」「パクッたかパクッてないか(…)という単純明快な問題です」という発言を、なのに答えないとはどういうことだといったニュアンスでされていたので、「ははあ、これはおれを盗作判定家か何かと勘違いしているんだな」と判断しまして、「わが駄本を読んでもらえれば、「盗作盗用」という言い方がいかに粗雑であるかわかると思うので、話はそれからです」とお返事を差し上げたまでです。買えなどと強要したつもりはありませんよ。何にせよ見解を求めるのであれば、先方の著作だの発言だのを確認した上で、というのが社会的に常識的な手順というものではないでしょうか。
素性に関して。ツイッター上にて@が飛んできたので見に行ったら「川上未映子氏の盗作盗用疑惑追及専用アカウント」とプロフィールにあり、「烏賊娘」というハンドルの読者を名乗る、つまり当事者でないまったくの第三者が、市川真人氏らをはじめとする関係者(と彼が考えているらしい人たち)に対し応答の要請や質問を飛ばしまくっていました。そればかりか川上氏とはどう見ても無関係であるグラビアアイドルなどにまで、川上氏の件を告発するメンションを飛ばしている。理由は「彼等もまた読者である」からだという。意味がわからない。ごく控えめに申し上げて、「一読者」の範囲を逸脱した、尋常でない行動と判断せざるをえません。
ネットにおける匿名について考え方は様々ありありましょうが、私個人についていえば、ツイッターなどを見てもらえば確認していただけるように、発言内容に価値を認め常識的にやりとりができると判断した人に対しては「素性を明かせ」などといった要求はいたしません。いきなり不作法に絡んできたりする輩には「だれだおまえ?」と返したりしますが(笑)。
烏賊娘氏に関しては、そういうわけで、「社会常識を欠いている」「行動や発言が尋常ではない」という印象を持ちましたし、匿名を隠れ蓑に自分の身を安全なところに置きながら他人には責任を強調し応答を強要するという傲慢な態度およびそれにいささかも気づいていないと思しき振る舞いにも疑問がありましたので、まあ他の方同様、黙殺してもよかったのですが――黙殺しときゃよかったといまは後悔しておりますが(笑)――、話をしたいのならまず素性をあかしてくださいとお願いしたわけです。正直怖いですから。
烏賊娘氏の言動をあらためますと、まず最初、返事をしばらくしなかったら、拙作を読んでもいないのに誹謗するようなことをいい、それについては謝罪されたので不問に付すとして、人にものを尋ねるのであればその人の主張などをそれなりに把握してからだろうというつもりで「話はそれからです」と答えると、返事をもらえるものと解釈して手のひらを返し、ところが私の上げたエントリに意に染まない部分があったようで、私に続ける意志が薄いらしいと見ると再び態度をひるがえして、謝罪し引っ込めたはずの誹謗的表現を蒸し返したツイートや、栗原に対する批判的な発言をリツイートしはじめる始末です。
しかるに、津原さんがメッセージを出されるとそれに力を得たのか、「貴方の御見解は、川上未映子問題早期解決に寄与するだけではありません。現代日本文学の分岐点にすら成り得る」と、「遭難の道案内にしかならない」と唾棄したばかりの相手にまたしても手のひらを返して道案内を乞い、その一方でネガティブなツイート&リツイートは継続するという分裂具合。
自分にとって利用価値がありそうかどうかで評価や判断や態度をころころと変える。一貫しているのは、川上未映子を叩きたいという情熱一点だけのようにしか見受けられません。
津原さんはそうしたことももちろん踏まえて烏賊娘氏の身許を保証するとおっしゃっているのでしょう。その「作家としての覚悟」をしかと受け止めこのエントリをしたためている次第ですが、しかし、少なくとも私には、彼が「議論」が成立する相手とはとても思えません。
コメント欄への書き込みなどから判断するに、読解力や常識的な判断力にも疑問を抱かざるをえません。
どうやら彼は私の「まあ「壇」ってもうどうしようもなくそういうもんだよね」という諦念を含ませた感想を、その直後に田中和生氏の「文壇」における出世の不可解なスピードを指摘する記述まであるにもかかわらず、栗原の「文壇」に対する配慮という意味に取っているようなのです! 愕然といたしました。
「津原氏と川上氏、市川氏が見解を交わすのがいいんじゃないかと思われる。が、これまでの経緯からするに実現は難しそうである」という見解に対して、「何故ですか」と説明を要求されたのにもびっくりしました。川上氏はブログで「(津原氏との)対話などまったく必要ありません」と断言している。市川氏は公開メッセージが出されて以来現在まで半年以上黙殺を決め込んでいる。両者がこれからも沈黙を守り続ける蓋然性は高いと考えるのが普通でしょう。烏賊娘氏はその程度の行間を読むこともできず、説明しろとおっしゃる。国語の授業を要求されても困ります。先の所感に書いたように私は、市川氏は津原さんの問いかけに答えるべきであると考えるものですが、市川氏が黙り込んでいることについて私に説明や責任を求められても困惑するばかりです(烏賊娘氏はどうもそう考えているようにも読めるので念のため書き添えておきます)。
あるいは「津原氏やその周辺は黙って誹謗中傷を浴び続けなければならないのでしょうか」との問い。烏賊娘氏は、2ちゃんねるなどで津原さんが誹謗中傷を浴びせられていることを盛んに強調されます。津原さんにはまことにお気の毒な事態であると存じますが、2ちゃんねるで誹謗中傷が飛び交うという事態は別段珍しいことではありません。烏賊娘氏はそうした誹謗中傷、彼の言葉でいうと「ネットテロル」を「川上ファン」「川上シンパ」による仕業と断定して見解を求めて来られます。しかしこれは私が対処するべきでも、対処できる問題でもありませんので、「そこまで特定できており、常軌を逸しているとお考えなのであれば警察に相談してみたらいかがでしょう?」と申し上げるよりほかありません。また烏賊娘氏は川上氏に対して「ファンのいきすぎた行動を放置し続けている」ことの責任を問うてもおられますが、仮に川上氏のファンの暴走だったとしても、その責任を川上氏に負わせるというのは筋違いも甚だしいといわざるをえません。
しかしまあ、そんなことはどうでもよろしい。
BBSを拝読したところ、津原さんは拙著『〈盗作〉の文学史』をお読みになっておられないようですので――いや、読めといっているわけではありませんよ――、この本の主旨を簡単にご説明いたします。「まえがき」を転載しますので、拙い文で恐縮ですがおつきあいください。
本書は、文芸作品をめぐって起こった盗作事件の収集と分析と検証を目指したものである。明治の近代文学黎明期から最近の事件まで、できうるかぎり発掘し取り上げている。
(…)
この本では、努めて散文的即物的に資料を洗いだし、事件の概要を整理し、必要なら検証を加える、という方針が採られている。批評も基本的にはしない。
批評はしないと宣言していることに注意してください。この宣言にはふたつ意味を持たせています。ひとつは、盗作であるか否かのジャッジはしないという意味、もうひとつは現在の文芸批評というものに対する疑義の表明の意味なのですが、後者はいまは関係のない話です。
ジャッジをしなかったのはなぜか。
津原さんには釈迦に説法ですけれど、先の所感でも述べたように、著作権侵害にあたらない「盗作」には判定基準というものが存在せず、大抵の場合シロクロ割り切れるものではありません。『イン 歯ー』ついても、シロという人(石堂藍氏、大森望氏、小谷野敦氏)からたぶんクロという人(田中和生氏)までまっぷたつに分れています(田中氏の見解には疑問がありますけれどさておき)。
判定基準がないにもかかわらず、判定が下されているのはどうしてか。各人が各人ごとの基準を持っておりそれにしたがっているからにほかなりません。盗作騒ぎがしばしば泥沼の様相を呈するのは、おおむねここに由来します(この件もそうですね)。事件を収集するうちそのことに気づいた私は「ジャッジはしない」という方針を採用することにしました。そうした各人ごとの基準こそがある意味では「盗作事件」の本質(の一部)であり、分析なり検証なりをするべき対象であると見なせる。であるならば、分析検証する主体(私)と被分析検証対象は分離されていたほうが具合がよいという判断です。また個々の判定は究極的には(ときに恣意的な)主観でしかありえないので、じつのところさしたる意味がないと考えるにいたったこともあります。今回の件につきましても、その考えに変わるところはありません。
くどくなりますが言い換えますと(どうも誤解される方が多いようなので)、私があの本で主題としているのは「盗作事件」という事象であって、「盗作」に対してジャッジを下すことではないのです。
拙著をお読みいただき、先に引いた箇所を書き写したツイートまでされていたので、烏賊娘氏もきっと理解してくださったのだろうと期待したのですが、見込み違いだったようで残念です。
さて、というわけで、以上をもって本件への関与からは手を引かせていただきます。今後いっさいの応答はいたしません。この件に関して触れることがあるとしたら、いずれ出るかもしれない拙著の増補版もしくは文庫増補版などで、ということになるでしょう。そのさいには尾崎翠の件にも言及することになるはずです。
烏賊娘氏についてはツイッター歴において二人目になるブロックをさせていただきます。コメント欄も凍結いたします。
では。
以下は、ツイッターでの応答として書いたものですが、長くなったのと字数調整するのが面倒なのでこちらにアップします。事情をご存じない方には不親切な内容ですが、そういう性質のものなのでご勘弁を。
==================
.@y_kurihara 栗原先生、お久しぶりです。先日、川上未映子問題に就いて御見解を求めた者です。先生の本を読みもせず失言を発したこと、改めてお詫び申し上げます。その節は、誠に失礼いたしました。御本を拝読し、大変な労作だったということが知れ自らの愚鈍さをを恥じている次第です。
http://twitter.com/ikamusumeM2/status/65046723847917568
.@y_kurihara 大変勉強になりました。早速ですが可能な限りこちらの素性を明かしたうえ、御本を拝読させて頂きましたので本件に就いての御見解を頂きたいのですがよろしいでしょうか。よろしくお願い致します。
@ikamusumeM2 お読みくださりありがとうございます。まず、あなたの素性に関してですが、「烏賊娘」というハンドル、「27歳」「男」「フリーター」「作家志望」ということしかうかがっておりません。ツイッターアカウントを見ても本名はおろかメールアドレスの記載もない。これでは実質的に匿名と変わりありません。
ざっと拝見したところあなたはツイッター上などで、市川真人氏らに対して応答責任を強調した追求を展開しておられます。いまこうして応答していることで私にも責任が生じています。市川氏らや私は名前を明らかにすることで責任の所在を示し負っているわけです(黙殺するにしても)。
当然ながら追求する側つまりあなたにも責任は生じています。その所在を明らかにするものがすなわち「素性」であるわけです。アカウントごと消せばバックレられる程度の個人情報など「素性」とは認められません。他人に対してこれだけ執拗に応答を呼びかけているのだから、最低限、本名と連絡先くらいは明示する義務があると考えますがいかがでしょうか。
というわけで、以下のメモは、烏賊娘氏の要請とは無関係に、私個人がすでに持っていた所感と一般論を開示するものです。これ以上なにか話せというのなら「素性」を明らかにした上でよろしく。そうでない場合は無視します。
なおこの件に関しては、津原氏BBSや2ちゃんねるの最新スレッドなどを拾い読みした程度で状況を把握しているとは言い難いので(ログが多すぎる)、津原泰水「黄昏抜歯」と川上未映子『わたくし率 イン 歯ー、または世界』だけに話を絞ります。両作は読んでいますが(川上作は発表時、津原作は最近)、突き合わせるなどはしていません。
○市川真人氏らが、烏賊娘氏がツイッターで飛ばしているメンションを無視しているのは判断として妥当である。理由は上に述べたとおり。津原泰水氏による市川氏宛公開メッセージについては、応答義務は必ずしもないが(黙殺する自由というのもある)、作家がその名の下に発したものなのだから、文芸批評家/編集者という看板を掲げている以上、市川氏は応答するべきであったと思う。
○津原―川上問題は、ジャンルは違うが、黒澤明『天国と地獄』アイディア盗用事件に似たケースに表面的には見える(内実はまた別問題である)。石堂藍氏の見解は、川上作を必要以上に貶す感が強く、アイディアの取り扱いにもちょっと異論があるが、それら以外はおおむね妥当であると思う。田中和生氏の見解は氏特有の文学観ゆえか「疑わしきは罰す」になっており理解できないところがある。
○一般論として。文学をめぐる盗作問題には判例が数えるほどしかなく、巷間いわれる「盗作」はほぼ著作権侵害にはあたらない。したがって大抵の場合、「文学的」or「モラル的」に「盗作」であるか否かという話になるのだが、これといった基準がないので、各人の主観(文学観)やその時代のイデオロギーなどによって判定は揺らぐ。
○津原―川上の件も法的にはまず問題になるようなものではない。「文学的」「モラル的」に問題を求めるとすれば、中心となるモチーフの類似となるが、無意識であれ参照したか(依拠性)については、川上氏が津原作を読んでいた蓋然性は状況的に高いように思われる。ただし、川上―市川サイドが黙秘あるいは否定するにせよ、津原サイドが蓋然的事実とするにせよ、証明は難しいのでおそらく水掛け論に終わる。
○川上氏が津原作からモチーフを無意識にせよ借りたと仮定して(あくまで仮定ね)、「アイディア盗用」として「モラル的」「文学的」に問題とされるべきか否か。表現的には両作はまったく別物といえるが、川上作への評価のうち、中心となるモチーフ(歯に自我が宿る/自我を宿す)の発想への称賛が少なくなかったことを考えれば(たしか。ちょっと記憶があいまい)、川上作に対する評価には見直されてしかるべき面があると思われる(くどいが仮定の上での話ね)。
○著作権法的には、表現は保護されるがアイディアは保護されない、平たくいうとモチーフやプロットはパクってもOKというのが通念になっている。「盗作」についても著作権法にまつわるこの通念が流用されることが多いが(石堂氏もそうしている)、福井健策『著作権とは何か』(集英社新書)がいうように実際は程度の問題であって、アイディアと表現とのあいだに必ずしも明確に線を引けるわけではない。
○したがって、著作権法の考えを援用して「文学的」に「盗作」を問うのであれば、まず津原作のアイディア(モチーフ)の創作性を判定し(先行類例があるか、独創性があるかなど)、津原モチーフに創作性があると判断した場合、川上の類似モチーフが表現、作品をどの程度支配し規定しているかを検討するというのが文芸評論家といった人たちのするべき議論ということになるだろう。「見直し」とはそういう意味である。
○ただし以上は、川上氏が津原作を読んでおり参照していた、という仮定の上での話なので、とりあえずの落としどころとしては、津原氏と川上氏、市川氏が見解を交わすのがいいんじゃないかと思われる。が、これまでの経緯からするに実現は難しそうである。
○ざっと見たところまだ検討されていないこととして、川上氏が「歯に自我が宿る/自我を宿す」というモチーフにどうたどりついたか、というのがあると思った。彼女のデビュー時にはたくさんインタビューなどが出たはずなので、どうせ追求するのなら、細部の詰まらないあげつらいとかをやってる暇に、そういった発言をちゃんと拾うべきである。「自作を語る」的エッセイとかも(あれば。あるかどうか知らないが)。ぜんぜん別筋から来ている可能性だってあるわけだから。
○もっとも津原氏の意図はそもそも、川上未映子氏のあまりに早い新潮新人賞選考委員就任に象徴される「文壇」の状況を告発し問題として浮上させることにあったように見受けられ、その意図がどのくらい達せられたは判断がつかないが、まあ「壇」ってもうどうしようもなくそういうもんだよね、というのがいちばんの感想ではある。田中和生氏にしたって、読者がその名前を認識するかしないかのうちという電光石火で群像新人賞選考委員にまで登り詰めているわけで。
○最後に、どうせ詮索されることになるだろうから前もっていっておくと、川上氏とは作家デビュー前から面識があります。飲みに行ったりとかそういうつきあいはない。作家デビュー後はこれといったやりとりはなくて、とある媒体のインタビューで会ったくらいか。津原氏にも一度お目にかかっている(津原さんがご記憶かはわからない)。『わたくし率 イン 歯ー、または世界』は書評で褒めた。評価した点は、モチーフと文体、および構成である。
いい加減更新しろ、という圧力がかかっているのでお茶を濁しております。
ここの利用方法も少し考えないといけないなあと思いつつも、ツイッターですっかり堕落した今となっては、いざ手をつけようと思っても、えーっと、ブログって何書けばいいんだっけ?(笑)と固まってしまうですね。とりあえず右サイドバーあたりを少々手直しようかな……というかそのうちやります。
それから前日分にありますケータイですが、依然として壊れたままです(笑)。電話代は払っているので番号は生きていますけれどつながりません。無くてもぜんぜん困らないので解約しちまおうかとか考えたりもするのですが、そのうちたぶんスマートフォンに乗り換えることになるでしょう。
というわけで御用のさいは今しばらく、メールか、家電にお願いできればと思います。
んー、やっぱ書くことないな。ブログって何書けばいいんだっけ?


TELEVISE
MONOLAND仕事があるのだけれども、資料調べや頭使う仕事であるため、なかなか進まない(ホント申し訳ない)。
アイディアが降りてくるまでの筆休めに、昨日かいたエントリの補足として、タイトルみたいなことをボチボチと書いてみる。
日本映画興行成績の中で、ナンバー1を誇っているのが、2001年に公開された「千と千尋の神隠し」(東宝:304億円)だ。
言うまでもなく、これは天才・宮崎駿監督だからこそ成し得たわけであると同時に、すでにとても良い意味で産業化していて多くの利益を日本のアニメ業界のみならず、TV局・広告代理店etc.にもたらしてくれている。
夏休みの定番になっているけれども、ジブリ作品を放映すれば、現在でも高視聴率を取れるというのは、TV局にとっては非常にありがたいコンテンツだ。
ジブリ作品の日テレでの視聴率記録(誰か続きを更新してくれ!)
だからこそ、これを有していたスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーは、まさに名実ともに日本一のプロデューサーだったし(いや、今もそうなのかな?)、ドワンゴ会長である川上さんが弟子入りしちゃうのもむべなるかなという感じである。
【ここで鈴木敏夫さんと押井守さんと日テレの話を書こうと思ったけれど、誰も幸せにならないし、これは単なる筆休め話なので割愛】
質の良いアニメを作れば、それがビジネスとなるというのが分かっている以上、ディズニー&ピクサーに対抗してドリームワークスがアニメに進出したのを例に引っ張り出したりなんかして、
「では次にスタジオジブリになるところはどこか」
という話が出てくる。
でも、そういう話をするのは、業界の外の人間やウオッチャーであって、新聞やテレビ局、出版社、広告代理店、様々なプロデューサーが絡むと、むしろもっと話はややこしく、
「次世代のスタジオジブリを作ろう」
という話になってくるわけだ。
豆柴、豆柴……。
ゼロ年代の前半にそうした動きがもっとも活性化していて、その時に候補としてあがってきたのが、プロダクションIGとGONZOだった(その後もマッドハウスとか、色々なスタジオが遡上に上がっていくのだけれどもまぁそれは置いておく)
その頃、日経から色々と相談受けていた状況があったんだけど、まさにGONZOを上場しようとしていた時期だったので、あちこちが観測気球を上げまくっていたのがとても印象深い。日経周辺の様々なメディアで、プロダクションIGやらGONZOの特集号が組まれているという、ちょっと異常な時期だった。
私が日経に顔出していたのは、「これからのオタクコンテンツの中軸は、ライトノベルになるよ」という案件で、実際、その通りになった(むしろなり過ぎた)んだけど、実は当時はラノベはまったく重視されていなくて、とにかくこの二社を上場させて、アニメビジネスで回していくぜ!みたいな雰囲気がゼロ年代の初頭にはあった。
特にそれに大きくコミットしていったのがフジテレビのプロデューサー・亀山千広だった。
簡単に背景事情を書くならば、「踊る大捜査線」がない年に、大型のアニメ映画をブロックバスターとして公開できればというのが大きい理由だったように思える。
要するに「踊る大捜査線2」→「次世代ジブリ映画」→「踊る大捜査線3orスピンオフ」→「次世代ジブリ映画」……みたいな感じで続けられればというモデルだったようだ(まぁそれに中規模作品的に三谷幸喜を絡めたりとかね)。織田裕二関連で毎年、踊る大捜査線作れるわけじゃなかったし。
で、その中で原作としてフィーチャーされたのが、宮部みゆき「ブレイブストーリー」だったわけだ。
ただ結果からすると「ブレイブストーリー」は周囲の思惑ほどの大ヒットにはならず、以降、海外翻訳ものの「ペギー・スー」のアニメ映画化などが浮かんでは消えていって、結局、GONZO自体も「ブレイブストーリー」がダメージになって消えていった。
「いや……世の中には、いい作品云々ではなくて、金だけ欲しいという人がいるんですよ」
みたいなことをGONZOの社長が仰っていたのがとても印象的だったなぁ。
こういう周囲の思惑通りにいかなかったビジネスモデルというのは、大御所が関わっていればいるほど、呪いのように延々と残っていくものであって(特に電通だと)、以来、いろんな形で「次世代のスタジオジブリを作ろう」みたいなのとか、そのフォロアーが耳に入ってくるようになったりする。
勿論、それには「次世代のジブリ」ではなくって、「ジブリの次世代をどうする?」という問題が絡んできていたのが、一層、自体をややこしくしている。
【この話は何年も前にいっぱい書いたし、『コクリコ坂から』の話題を色々書いても誰も幸せにならないような気がするので割愛】
で結局、明らかになってきたのは、日本のあらゆるアニメ監督の中で、クオリティ優先な作品作りを視野に含めながら、自力でアニメ映画資金を集められる監督っていうのは、3、4人しかいないって事実だった。
個人的には5、6人と言いたいのだけれども、でもやっぱり厳密に絞ると3人だよなぁ。
で、さらにこの3人の監督の作品で、
「女子小学生〜女子中学生が見に行きたい認知のある作品」
という風にデータを拾っていくと、やっぱり残るのは、現時点では宮崎駿監督だけになってしまう。
ところが「劇場版けいおん!」に関しては、なんか突然、そういうデータが市場調査で出てきてしまったので、みんな困惑しているのだ。
【ここで昨日のエントリに繋がる】
はっきり言って、女子中学生の好感度だけなら「コクリコ坂から」のデータを越えてます。
超びっくり。
まぁ確かにいくら少女漫画を原作としていても、舞台は学生運動時代だし、前作が「ゲド戦記」だからねぇ。
女子中学生が見に行こうとは思わないわな。
で、そんなデータが出てきちゃったものだから、またゼロ年代初頭の「次世代のジブリを作ろう」みたいなのとくっついたり、「金曜ロードショーのスタジオジブリよ、永遠なれ」みたいなのとかが出てきたりとか錯綜しはじめているのが現状みたい。
なんか個人的には、みずほ銀行やらのコンテンツファンドを覚えている人が頭を抱えて、
「延焼は嫌でござる」
っていっていたりするのも……げふん、けふん。いやはや。
さすがに「京都アニメーションが次世代のスタジオジブリだ」なんてことは、私の口から言えないし、個人的にそうとは思わないけれど、市場調査のデータだけ見ると、そういう相似形を描いているのが、とても興味深いし、それに踊らされちゃう人もいるだろうなーって感じでしょうか。。
やー、どうなってしまうんでしょう。
とココまで書いた所で、招集がかかりそうな雰囲気になってきたので、文章の装飾もせずにアップしておく。
広告代理店系の友人から入ってきた話題なのだけれども、「劇場版けいおん!」の事前の市場調査が、非常に好調らしい。
とりわけ、
女子中学生~小学生への認知度が非常に良い
そうだ。その情報が結構回っていて、各所(スタジオジブリ含めて)、戦々恐々としているという話をちょっと耳にした。
女子小学生~中学生が見に行くとなると、母親が連れていくことになるし、そうすると結局カテゴライズとして、単なるアニメ映画ではなくて、
家族映画になる可能性
があるんだよね。
かつて「天空の城ラピュタ」は非常に出来が良かったものの、興行成績が今ひとつで、そのため、併映となった「となりのトトロ」あたりを契機に、ジブリが一気に家族映画へとステージが変ったみたいなことが起きるのだろうか?
そうなるかどうかはまぁ内容次第だけれども、近年、そういうステージアップを起こしたアニメ映画として、「時をかける少女」「サマーウォーズ」もあった。
でも細田守作品も、デートムービーにはなったけれど、家族映画になったかというとそこまでは到達できていないような気がする。けれど「劇場版けいおん!」は、ひょっとするとそうなるかもしれないという調査結果が出ているのは、ちょっと驚異的だ。
実際、女子中学生が劇場に動くと、映画って動員の予想が付かなくなって、ヒットという例もあるからなぁ……。
まぁ映画は実際のところ蓋を開けてみないとわからないことが多々ある――そうじゃなければ、映画業界、こんなに死屍累々にならない――のでどうなるかは分からないのだけれども、例えば「よつばと!」のフォロー的に「侵略イカ娘」が、ある種の一般視聴作品的に変容してしまったことを考えると、そういう可能性もなきにしもあらずで、ちょっと楽しみだ。
今日は一日外出中で、これからガンダムAGEとフォーゼを見るのだけれども、その前にブックマークを見ていたら漫画家の高遠るいさんのブログを見て、どうしても気になり過ぎて、おせっかいな気分になったので急ぎ更新。
大黒摩季の『ガンバルシカナイジャナイ!?』という歌に、
“出会いが私を助けてくれた”
雑誌の中で語る成功者
素晴らしい人に会えない私達は
どうすればいいのでしょう
という歌詞があるのだが、仮面ライダーフォーゼを見ているといつもこれを思い出す。仮面ライダー部に出会えない奴らはどうすればいいのでしょう。
高遠るいさんは、いますぐ『今夜はトーク・ハード』と『野ブタ。をプロデュース』のDVDボックスを買ってみたほうがいい。
うわ、『今夜はトーク・ハード』はDVD化されていないのか。ネタバレ含んで内容を引用するとこんな感じ。
アリゾナ郊外のエリート校・ハンフリー高校。成績の良し悪しだけで人間性まで判断されてしまう環境の中、生徒たちの楽しみは10:00PMジャストに始まる謎のDJハード・ハリー【確か正式名称はハッピー・ハリー・ハード・オン、まぁ「勃起せよ」みたいな意味】による海賊放送だった。自分のオナニーを披露するほどのハードなトークと音楽は納得がいかない事に対しても為す術を持たない生徒たちの気持ちを代弁していた。そのハード・ハリーの正体とは、父親がハンフリー校の新しい理事に就任したために転校してきたコミニュケーションがへたで無口なマーク・ハンター(クリスチャン・スレイター)の反動的な姿だった。マークは父の持つ資料から教師の不正を放送で暴露し、学生たちのカリスマ的存在になっていく。彼の私書箱には毎日のように熱烈なファンレターが届き、放送をダビングしたテープは翌日に飛ぶように売れた。ある日、自殺予告の手紙が配達され、マークは番組の中で彼と電話で話す。しかしジョークで励ますうちに電話は切られ、翌日、英語教師ジャン(エレン・グリーン)は彼が自殺した事を伝えた。電波にのせた1人言がだんだん影響力を持ち、結果的に傷つく者がでてきた。マークは放送をやめる決意をする。しかし赤い便せんで熱狂的なレターを贈っていたノーラ(サマンサ・マシス)の説得と愛の告白を受け決意はゆらぐ。あくまで優等生を演じるか、自分の意見を主張し学校に社会にはむかうか。マークとノーラは自動車に送信機を積み、違法電波取り締まりの警官と教師たちを翻弄しながら放送を始めた。変声機は壊れ、車も発見される。逮捕連行される直前、マークはボリュームを上げ叫んだ。「10代は最高だ!!」と。その放送を聞いた警官や学生、マスコミが混乱のルツボと化し、全米の高校で革命騒動が起こる中で。
フォーゼの目指しているところというのは、アメリカの軽い学園ドラマのパロディを装って、
とりあえず「スクルールカースト」を可視化させよう
というぐらいのレベルなので、ちょっと高遠るいさんの求めている要求はやや高すぎるかなぁという気がする。
80年代の週刊少年サンデーが大好きな俺としては気持ちがよくわかるけど!
もし高遠るいさんの求めているところが、実現されるのであれば、それは『今夜はトーク・ハード』でも『野ブタ。をプロデュース』でも到達し得なかった、
「ニルヴァーナ、ナウ」とか
「キングダム・カム(神の王国来たれリ)」とか
みたいなパラダイムシフトを起こす強烈な物語になってしまう気がする。
ついでにフォーゼをより楽しむ副教材としてはこちらを推薦しておく。
【追記】
野ブタ。をプロデュースのTV版に関しては、こちらを見ておけばいいかと。
終盤は撮影スケジュールに追われた駆け足っぽいところが多すぎるけど、見始めた当初は予想もつかなかった方向へと突き進んでいく、学園ドラマの傑作。日本の学園ドラマの一つの到達点。
【更に追記】
昔書いた長谷川町蔵&山崎まどかさんの記事はこちら。
なんか久方ぶりにブログを更新したら、ちょっと面白くなって止まらなくなっております。
往年の椎名高志を連想させる「レグザフォン話」が面白すぎたからなぁ。
いや椎名高志さんはとても好きなんですが、やっぱり童貞力を失ってしまった椎名さんが、一生懸命に考えた挙句に至ったアイデアの極北として「絶対可憐チルドレン」となり、
《結婚出来ないオタク男性が、最終的に娘が欲しくなる》
という願望の追認にいたってしまう辺りが、商業的にも落とし所になっているんだよみたいのも透けて見えてしまって、どうにもこうにも悲しい。
そこから派生する感じで、
ゆうきまさみデビュー30年の年に、あらためて「内海課長」を考える。 - 見えない道場本舗
とかを見なおしたら、そろそろ編集長も変わったことだし、週刊少年サンデー話をしたほうがいいんじゃないかとか思ったり思わなかったり。
それにつけてもid:gryphonさんは本当にゆうきまさみに心を縛られている感じでとてもいいです。
そんな童貞力を失ってしまった椎名さんにぜひ見てもらいたいと思っているのが、最近のみうらじゅんのニュースです。
DTという造語を作ったみうらじゅんが、童貞の定義の変更を主張していて、個人的にはすごい衝撃を受けております。
童貞の定義が変化中!? 今や「アレ=卒業」は成立しない? | ニコニコニュース
「クンニやってないやつはみんな童貞だよ。童貞卒業は挿入じゃない、クンニ。実は一番ハードル高いよ。でも、それを克服してようやく人を好きになれるんだ。
今世間はアレルギー体質だけど、くせぇーで済ましちゃいけない。だってみんなクンニのとこから生まれてきたんだよ!クンニの使者であるといっても過言じゃない。
“ここは漁港か?”と顔を近づけなきゃ。最初のうちは、もうワーーッといくしかない。でも、ここ肝心よ。くせぇーの先にあるものを!
クンニは知性。知能が低い人はやらないの。初挿入は失敗だったとしても、クンニできりゃいいんだ」
恐ろしい。
なんかこの話、あんまりブックマークされていないのだけれども、いろんな意味で団塊ジュニアの草食系をさらに地獄に叩き落すような勢いなもんだから、やはりみうらじゅんはNHKで仏像解説などやっている場合ではないと、つくづく氏の知見の高さを目の当たりにしました。
ぜひ椎名高志VSみうらじゅん対談をして、
往年の睾丸毒からくるクリエイティビティを、椎名先生が取り戻してくれる
ことを願ってやみません。
お久しぶりです。久々の更新がまた告知ですみません。
明日12/14発売のムック本に執筆しています。タイトルは『映画秘宝EX 映画の必修科目02 激辛韓流映画100』。韓流とはいっても「出会いがしらに喧嘩になったアイツは富豪の御曹司?!でも金持ち美女のライバルが現れて…!」という話を、整形美男美女のバストショットの切り替えしだけで見せる恋愛ドラマとは違います。「飛び蹴り!平手打ち!斧!ソン・ガンホ!恨!」的な韓流作品ばかり集めました。100タイトルですが、見事にロマンスから程遠いセレクトになっています。
今回のライター陣はギンティ小林さんたちも参加しているので、楽しいですよ。特に韓流に詳しい岡本敦史君が30本ほど担当してるので、岡本君ファンも必読。
わたしは、あまり好きじゃないけど書いたのは『ツナミ』くらいで、あとは「これ書きたい!」とタイトルを挙げさせてもらったものしか担当していません(ツナミも書けそうだから書くって自分で言ったんですが)。DVDスルーの未公開作やマイナーな作品もあるので、とりあえずわたしが書いたものだけタイトル挙げちゃいます。
『親切なクムジャさん』『悪魔を見た』『TSUNAMI ‐ツナミ‐』『THREE/臨死(『memories』)』『4人の食卓』『スパイダー・フォレスト 懺悔』『黒い家』『1942奇談』『チェイサー』『母なる証明』
なぜかホラーに偏ったあげく、書いてみたら4作も同じ記憶喪失ネタがかぶっていたので、まずいことを忘れる話が好きなんだなーと自覚しました。
それから、コラムでパク・チャヌクとキム・ギヨンを書きました。一応このムック本シリーズは、若い人が興味をもったらすぐレンタルで見られるようなものを目指してるんですが、キム・ギヨンだけ申し訳ないけど見られない作品ばかりになってしまいました。
キム・ギヨンは日本でソフト化されたことがあるのは『肉食動物』のVHSくらい?『異魚島』『破戒』はNHK-BSで放映されたことがあるので、リクエスト出せばまた流してもらえるかも。韓国版の『下女』DVD、キム・ギヨンDVD-BOX(『高麗葬』『蟲女』『肉体の約束』『異魚島』)には日本語字幕が入っていました。BOXは品切れのようですが、『下女』のDVDはたくさん流通しています。『陽山道』『肉食動物』『火女 '82』『自由処女』は日本語字幕なしの韓国版DVD有(今は品切れもありそう)。
わたしが東京国際映画祭で見たのは『下女』『自由処女』『水女』『蟲女』『火女'82』『玄界灘は知っている』『高麗葬』(日本語字幕入り)。あとアテネフランセで遺作『死んでもいい経験』をやはり日本語字幕入りで見たことがあります。
わたしがキム・ギヨン作品で他に見たことあるのは『ヌミ』『レンの哀歌』『殺人蝶を追う女』『火女』。英語字幕のあった『火女』以外は、さっぱりわけがわかりませんでした。セリフでの説明が意外に多いんですよね。
ほかにも、1996年に開催された『韓国映画祭1946→1996 -知られざる映画大国-』や、2001年開催の『日韓国民交流年プレ事業「2001韓国映画プロジェクト2」』、国際交流基金「キム・ギヨン追悼上映」でかかった作品があります。以下を参照。
9月21日発売の「映画秘宝」で、行方不明になっていた曽根中生監督にインタビューしてきました。苦手な飛行機に乗って、現在曽根監督がお住まいになっている大分まで行ってきましたよー。行方をくらました理由や、この20年間何をされていたのかなど、わりと赤裸々に語っていただきました。
わたしが最初に「曽根中生監督がお元気で、ご本人から連絡があった」と聞いたのは、今年の震災明けでした。まだ余震も続いていて、世間的にもまだ誰もが精神的に参ってたような時期だったのですが、この連絡を聞いて(ああ、人間って生きようと思えば生きてくこともできるんだなあ)と、肩の力が抜ける出来事でしたね。
あ、秘宝の曽根中生監督特集の、「わたしの好きな曽根中生」欄で、藤木TDCさんとわたしの原稿が反対に入ってました。わたしが選んだのが『実録エロ事師たち』です。『新宿乱れ街〜』は藤木さん。文体がですます調の方がわたしです。
それと、三池崇史2001-2011特集で哀川翔さんについて寄稿しています。翔さんカッコイイですよね。あと、デビルズプレスで『ビー・デビル』DVD化されるのでレビューを書きました。韓国暴力映画の系譜ですが、女性からの報復にまつわるいい映画です。
ピンク映画の撮影シーンで、曽根監督自身がピンクの監督役をやっています。動いている監督が見られる珍しい映画。
9月8日に発売です!カルトムービー100本を1本ずつ見開きでご紹介。
必修科目という通り、これは見ておきたいというカルトムービーの代表作を集めています。10代、20代の方はもちろん、最近映画に興味がわいたけど、何から見ればいいかわからない…とか、シネフィルだけどB級映画も見なきゃいけないみたいだから、手っ取り早く押さえておくべき一覧が欲しい…とか、そんな需要にも応える一冊。新作中心で見ている方も、ここに挙げられている映画はいまだに様々なオマージュが捧げられていたり、監督やキャストが今も活躍中で「この作品を見ずには現在の作品を語れない」というルーツだったりするので、ぜひお手に取ってご覧ください。
わたしは『フリークス』『絞殺魔』『エル・トポ』『白い肌の異常な夜』『片腕カンフー対空とぶギロチン』『ヴィデオドローム』『ブルーベルベット』『ブギーナイツ』『ザ・ミッション 非情の掟』ほか、全部で19本担当しました。映画秘宝の執筆陣がお盆休み返上して書きました。各界著名人の「わたしのこの1本」みたいなコラムも充実してるようですよ。
ぜひ買ってください、よろしくお願い致します!これが売れればシリーズ化だ!
7月30日(土)から最新作『エッセンシャル・キリング』が公開になるイエジー・スコリモフスキ。『TRASH-UP!!』でも前身のTRASH MOUNTAIN VIDEOで『ザ・シャウト』のDVDを発売したり、ゆかりのある監督です。そのスコリモフスキ好きが集まって、監督についてお話するイベントをやります。わたし以外はスコリモフスキ監督と直接会ってお話された経験のある方たちがゲストなので、きっと濃いですよ。
8月13日(土)、新宿の職安通りにあるNAKED LOFTが会場です。皆さん来てね!
TRASH-UP!! presents
「イエジー・スコリモフスキを語る夜」
7/30公開の最新作『エッセンシャル・キリング』が話題の巨匠、イエジー・スコリモフスキ監督。
伝説のカルトムービー『早春』に、観た者を例外なく唖然とさせる怪作『ザ・シャウト』など、一筋縄ではいかない映画を撮り続けたり、『マーズ・アタック!』にヘンな科学者役で出てきたり、急に17年間も監督休業したりする謎の鬼才・スコ御大の魅力を、なんとなく語り散らす夜。監督本人と対面した時のエピソードも、いろいろな方にお聞きしたいと思います。
【出演】
家路の会(イエジー・スコリモフスキ公認ファンクラブ)
柳下毅一郎(映画評論家・特殊翻訳家)
真魚八重子(映画文筆業)
澤隆志(映画祭プログラマー/エリートニート)
岡本敦史(ライター)
【司会】
多田遠志(ロフト秘宝番、ライター)
8月13日(土) 会場:新宿NAKED LOFT http://www.loft-prj.co.jp/naked/
OPEN18:30 / START19:30
前売¥1,500/当日未定(共に飲食代別)
前売り予約は7/26よりお店のウェブ&電話にて予約開始!!
スコリモフスキ監督の新作『エッセンシャル・キリング』は渋谷シアター・イメージフォーラムほか、全国で順次公開予定です。
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